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テキスト:六角 橙
第3話
第1戦・幕張 スタジアム 6−7。
試合結果
試合明けの月曜日。ミラトレの車両内で、春日はじっと考え込んでいた。
翌朝見ても、試合結果は変わらない。昨日の試合。チームミラクルにつけられた逆転を、ついにチームOEDはひっくり返すことができなかった。
どう見ても練習不足が祟っている。
その点、チームミラクルは序盤緊張こそしていたものの、チームワークがちゃんと成り立っていた。何故なのか、春日には分からない。
(車掌が言っていた通り、意外な一面ってのが見つかったのかな。初めて野球に挑戦する駅メンでも、やってみたら意外とうまくいったとか? だけど、それはこっちも同じだし……)
「春日」
「と、都庁さん……」
春日は合わせる顔が無くて、俯いてしまう。自分から監督に名乗り出たのに、情けなくてたまらなかった。
そんな春日の隣に、都庁が腰かける。都庁は静かに言った。
「昨日の試合。負けは想定内だ」
「……え?」
「先輩方の練習不足も、想定の範囲内だったからな」
都庁が差し出したのは、温かいコーヒーだ。カップを受け取りながら、春日は話を聞く。
「まだ1試合目。そして思った通り、先輩方の素質は十分にある」
「ええと、それは分かります。でも、練習に来てくれないんじゃ」
「第2試合まであと1週間もある。その間に練習を積む。そしてそのためには……工夫が必要だ」
都庁が何か冊子を取り出す。A4のコピー用紙に印刷された『先輩方攻略のための手引き』という、いかにも役所的な形式ばったデザインのパワポ資料だ。
呆然とする春日の前で、都庁が説明をはじめる。
「まず、先輩方は単なるRAILでの業務連絡だけでは動かない」
「どうしてですか?」
「必要とされているかどうか、はっきりとは分からないからだ。時間が惜しい、移動しながら説明する。まずは光が丘へと向かうぞ」
首をひねりながら、春日は言った。
「直接会うって、そんなの、効率が悪くないですか?」
「相手にとって有効な手段なら、効率が悪いとは言えない。それより、今から言うことを覚えろ、春日。負けたくないのなら」
ぎらり、と都庁の目が光る。春日は息を飲んだ。
「……分かりました。やってやりますよ!」
都庁から伝えられた作戦を春日が何とか頭に入れたころ、光が丘駅にミラトレが停車し、ドアが開く。
降りた瞬間、公園を目指して速足で歩きだした都庁を、春日は慌てて追いかけた。すぐに見つかった光が丘に対し、彼が口を開くより早く春日が言う。
「光が丘先輩のカッコいいところを是非とも見せていただきたいんです! お願いします!」
都庁のアドバイスもとい、作戦名は〈頼るなら、とことん頼ろう、大先輩〉作戦。
各先輩方の好きなものや対応策を駆使し、相手のやる気を引き出すというもの。
ストレートなお願いが効果的な豊島園、国立競技場には、練習を優先してほしいと直談判をした。
それから練馬春日町へ向かう。まずは都庁が練馬春日町が敬愛するアーティスト・尾崎豊の話で場を和ませた。そこから春日が、練馬春日町に仮駅名として付けられていた「春日」を駅の開業時に、春日自身へと譲ってくれた過去を持ち出す。
「俺、そんな優しい先輩と一緒に頑張って戦いたいんです!」
あわせてOBCにどう向き合ってほしいのかも、ストレートに頼み込む。実際に会話してみると、穏やかで話しやすい練馬春日町は、あっさりと了承してくれた。
続いて練馬の元へ向かう。こちらは単に正面から頼み込むのでは対応してもらえない。なぜなら、飄々として計算高いが、熱いところもあるのが練馬先輩だからだ。
「と、いうように、試合勝利後の優勝キャンペーンを検討しているのですが、練馬先輩にも是非とも参加していただきたく……」
春日は腰を低く、それでいて街への集客プランを忘れずに提示した。
そして、マニアックな趣味を持つ中野には、彼が喜びそうなものを手土産にすることになった。
手土産として都庁が提示した品に、思わず春日は叫ぶ。
「え! 落合南長崎さんが協力してくれたんですか!? しかも、KATOって、鉄道模型で有名な、あの……!?」
「その通り。彼には事前に連絡し、今では幻となった『懐かしの甲武鉄道ペーパークラフト』を譲っていただいた」
「マジですか!?」
そして、効果は抜群。目の前にした中野は二人でも聞き取れない量の解説を披露し、大満足で練習に前向きになってもらった。
重ねて。すでにやる気十分な両国や五反田には、さらなるひと押しで応援を要請。両国は辛いもの、五反田には最新スイーツを手土産に、翌日からの練習への参加をお願いする。
「やる気のあるメンバーが増えれば、さらにチームの雰囲気がよくなる。皆、別に負けたいわけではないだろうからな」
果たして本当だろうか。
春日はいぶかしみながらも、今日は休もうという都庁の言葉に頷くのだった。
翌日――。
春日は、呆然としていた。先輩方が練習場に続々と集まってくる。なんと練習時間通り、どころではない。
春日が練習場へ到着した段階で、もうすでに皆、練習を開始していた。
両国や五反田はともかく、光が丘、吉祥寺や新江古田までいる。
「可愛い後輩の頼みは、まぁ、断れねーよな」
春日の動揺が分かるのか、光が丘がケラケラと笑った。
(本当に都庁さんのワイロ……じゃなくて〈頼るなら、とことん頼ろう、大先輩〉作戦に、効果があったのか?)
疑っていたわけではないが、半信半疑だった春日は目が点のまま戻らない。だが、呆けている場合じゃない。先輩方がやる気になっているのだ。これを活かさない手はない。
「ありがとうございます! で、では、早速、連携を確認しましょう!」
「ああ」
「おう!」
声が上がる中、春日は練習メニューを皆に説明し始める。
先輩方の顔は真剣だ。確かにワイロ、いや、作戦の効果は大きいが、一番はやはり、このままでは終われないと彼らも感じているらしい。
春日は自分の目が曇っていたことを、痛感した。
都庁の手際の良さは、春日にとって大きな尊敬ポイントだった。だが、単に効率よく動くだけでは人は誰もついてこないし、春日だってそもそも都庁に憧れを抱いてすらいなかっただろう。
相手にとってよりよい手段を選ぶだけの知識と場数を持ち、先を見据えて行動する。
そんな都庁の行動が、春日にとってはまだまだ精進が必要な領域に思えてならなかった。
春日の視線に気づいたのか、都庁が振り返る。彼は小さく笑みを浮かべて、練習前のウォーミングアップに励むチームOEDのメンバーを見つめる。
「世の中、根回しは大事だ。そして、ちょっとした贈物で気持ちを動かせるのであれば安いものだろ」
「……はい。本当に」
「一番はお前の熱意があってこそだ。期待しているぞ――監督」
ぽん、と軽く都庁が春日の背を叩く。
熱いものが春日の胸にこみあげた。同時に、今のも都庁の処世術であり、自身の気持ちを理解しての行動だと分かるからこそ、余計に都庁への尊敬の念が増していく。
今の行動一つで、春日は十分に「自分が絶対にチームを勝利に導く」という、最初の宣言に強い自信を持てたのだ。
(俺は、まだまだ都庁さんには及ばないな……)
諦めの気持ちではない。目指す場所がどれほど遠くとも、一歩ずつ、確実に突き進んでいく覚悟。胸に秘めた熱い気持ちに突き動かされるように、春日は真っすぐに前を見据える。
きっといい試合ができる。彼は確信するのだった。
―― 第2試合。神宮球場戦。
〈チームOED、初戦の雪辱を果たすがごとく、なーんとなんと10点という大量得点です!〉
試合結果
楽し気な車掌の声が響く。チームOEDは本来の力をそれぞれが発揮し、初回から連打。
守備でも先輩たちの力が光り、チームミラクルには3点を取られただけで試合を終えていた。
チームミラクルの監督、青山一丁目と試合終了後の握手を交わしながら、春日は自信たっぷりに笑みを浮かべてみせる。
青山一丁目はそんな彼の眼差しを受けて、かすかに微笑んだ。まるで好敵手を見つけたような目。
ベンチからそんな彼らの様子を見つめながら、森下は呟く。
「……可能性、か」
森下は相変わらず、監督をこなす青山一丁目のサポートをこなしている。試合に出る予定もないし、出たとしても他のメンバーの足を引っ張るのは目に見えていた。
だが。
(春日は変わった、みたいだ。俺は……)
胸の内に波紋のような感情の波が広がっていく。
カエルが飛び込んだ後。静けさが満ちるように、森下は自分のこれからを想うのだった。
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