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テキスト:六角 橙
第四話
どことなく、チームミラクルの雰囲気は暗い。
「すごかったね、先輩たち……」
ぽつりと呟いたのは、勝どき 宙七。彼の声を皮切りに、チームミラクルの面々が不安を口にしていく。
駅メンは、皆、先輩への敬意が厚い。人々の生活を支え、その地域の活性化に貢献してきた相手だからだ。
そんな彼らにとって、チームOEDのメンバーは皆、尊敬する憧れの先輩たちだった。もしも対戦相手でなかったら、観客席で応援したいくらいに。
「みんな」
立ち上がった青山一丁目が、皆を見回す。
「正直なところ、怖気づいているだろう? 憧れの先輩たちが相手だ、それに前の試合に比べたら、全員が一丸となっていた。正直……俺も、驚いた」
青山一丁目もそうだったのか。
不安げな空気が、ほんの少しだけ和らぐ。森下は張り詰めた空気がほどけたのを敏感に感じ取り、ほっ、とため息をついていた。
「じゃあ、ここで負け続けるか? 俺は嫌だ」
挑むように青山一丁目が言う。
空気が、ピリッ、と引き締まった。森下はハッとして顔をあげる。
(ああ、そっか、そうだよな……)
先輩たちは皆、これまでの努力があったからこそ、それで今の強さを持っている。俺たちだって、あの人たちに負けないくらい努力すれば、可能性があるんじゃないか。
「先輩たちを、時間では超えられない。だからこそ、俺たちの強みを活かすぞ」
チームワークは、最初からよかった。それはチームミラクルの面々が、お互いに感じていたことだ。
「よし。練習時間を増やすぞ、あと1週間、後悔のない日々を過ごそうぜ!」
青山一丁目の掛け声に、皆が手を掲げる。
(後悔のない日々……か)
森下は自分の手を見つめた。可能性があるのなら、一歩踏み出してみたいという気持ちは、今も変わらずにある。
車掌が言うように、このOBCが新しい可能性を見つける場だとしても、森下は見つけるための行動すらとれていない。
(俺に、できることが、きっとあるはずだ)
森下は、自分ができることを探そうと、強く思うのだった。
飯田橋のラボを訪れた森下は、いくつかの図案を相談していた。
「ふむ。私にも……考えがある。以前作った試作品に合わせれば、もしかするとより良く、短期間で、体力を向上させられるかもしれない」
図案にしたのは、身体に程よい負荷をかけて、短期間で体力を向上させるギブスだ。以前、飯田橋が作成したギプスの性能を向上させ、さらに最新のテクノロジーで着用者の体調を感知する機能まで備えている。
動かすだけでも一苦労、それでも負荷をかけることで得られるメリットも多いだろう。
「ただ。デメリットも考えねばならない」
「それなんだ。どんなデメリットがあるのかも、俺にはよく分からなくて」
飯田橋は深く頷く。
「なるほど」
「飯田橋なら、きっと力になってくれると思って」
「理解した。何かを追求し、知識を持つ者は、分からないと伝えることが難しいのだが、君は正直にそれを言えるんだな。君の勇気に敬意を示そう」
そう言うと、飯田橋がギプスの図案に何事か書きはじめる。
「ギブスによって傷ついた筋肉を修復……筋トレの効果測定……どうだ?」
図案に書き込まれた内容を見た森下は、頷いた。
きっと良いものが出来上がるだろう。
「じゃあギプスは任せてもいい?」
「……問題ない。君に頼られるとは、光栄だ」
飯田橋が小さく笑う。そして付け加えるように、図案のメモを指さした。
「筋肉が成長するには栄養素が不可欠だ。そして食事はモチベーションにも影響する」
「なるほど。なら、ちょっと考えがあるんだ」
森下はそう言うと、図案のコピーを手に飯田橋のラボを後にするのだった。
ラボを出た森下は、大急ぎで高橋商店街へと向かった。
森下に新たに誕生したカフェやショップ、そして、昔からある商店街で協力してくれる店に声をかけて、飯田橋が教えてくれたアスリートのための栄養素を意識したメニューを作ろうと考えていた。
「――と、いうわけで、フードとドリンクを新しく作りたいんだ。そのために、チームミラクルの応援をしたいって店を探したくて」
商店街の人々を前に森下は話を続ける。
「たとえば高タンパク・低脂質のメニューや、サポートドリンクがあれば、きっとみんな、元気が出るし、筋トレのモチベーションアップにもつながると思う。それから、俺には商売のことは分からないけれど、選手と同じものを飲んだり食べたりできたら、観客も楽しめると思ったんだ」
必死に話す森下に、商店街の人々は大いに賛成してくれた。
いくつものメニューを試作してもらい、森下が試食。その中でも美味しいと感じた物だけを、チームミラクルの練習場に持ち込むことにした。
「代々木さん。これ」
「カレーパンかい?」
「俺の好物なんですけど、実は揚げずに焼いたカレーパンなんです。脂質控えめで、練習後の疲労回復につながるように、ビタミン豊富なパプリカやアスパラガスもたっぷりです。食感のアクセントに、カシューナッツやアーモンドも入れてもらいました」
代々木は特製カレーパンを口へ運ぶ。学生向けのメニューが揃う代々木周辺、カレーの名店は少なくない。
「すごく美味しいと思う。食べやすいし、いいんじゃないかな」
そう言った代々木に、森下はホッとする。
もう一つの注目メニューにも、目を向けた。チームミラクルを応援するカフェの店主たちの協力で作り上げた、カフェインレスのコーヒーだ。
カフェインには運動のパフォーマンスを高める効果が期待できるが、睡眠を阻害する恐れもある。疲労回復を妨げないよう、コーヒー好きの駅メンが飲むのを控えていると聞いたため用意したものだ。
「大門さん、どうですか?」
「……驚いた。美味しいぞ」
エスプレッソが好物の大門を満足させられるなら、大丈夫。森下は会心の笑みを浮かべる。
「クエン酸入りのレモンスカッシュもあるから、どうぞ」
「ん、味もおいしいけど、このカップがレトロでいいね! 子猫ちゃんたちの間で人気になりそうだな」
嬉しそうに言う新宿 凛太郎に、森下は頷きながらタブレットを取り出す。
「あと、こんなものも用意したんだ。新宿ファミリー向けなんだけど、見てもらえる?」
「これは動画かい?」
「そう。なんと! 新宿 慎太郎さんからのビデオメッセージが届いてるんだ!」
目を見開いて新宿が声を上げた。
「慎太郎から!? どうやったんだ。あいつ、あんなに忙しいのに」
彼の声に西新宿五丁目に東新宿、新宿西口が揃ったところで、動画が再生される。彼らの横から、代々木も興味深そうに画面をのぞき込んでいた。
動画の中では、小さく手を振る慎太郎が笑みを浮かべていた。
『やあ、チームミラクルのみんな。OBCでは大活躍だな。忙しくて球場には行けそうもないんだけど、みんなを応援している。それだけは、忘れないでくれよ。それじゃ、次の試合、勝つんだぞ』
時間にして30秒もない動画。しかし慎太郎の忙しさを知る新宿をはじめとする兄弟や親戚一同は、感激に声を上げたり、拍手を送ったりする。
「森下、あとでRAILにも送ってもらえるかい?」
少し興奮した表情で新宿が言う。森下はすぐに頷いた。
「もちろん」
「でも、どうやって撮影を?」
「秘密」
森下はいたずらっぽく笑う。
実際は「新宿駅で乗降客案内を手伝うから、隙間時間にチームへの応援メッセージを撮影させてほしい」と申し出たところ、あっさりと了承してもらえていた。慎太郎も皆の応援に行けないのを気にしていたらしい。
チーム全員が食事に満足しているのを見て、森下は決意を固めた。
(俺の……新しい、可能性……)
まだ見ぬ世界がある。もしかしたら、あの先輩たちにも勝利できるかもしれない。
森下は皆の方を向いて、声を上げた。
「あのっ……! 実は、勝利に向けて、俳句を考えてきたんだ!」
「えっ、俳句? 森下が?」
驚く新宿に、森下は頷く。そして、皆の前で一句を読み上げてみせた。
「野球場 みんなで勝って 嬉しいな!」
堂々とした声で、森下は宣言した。商店街の人々からも褒めてもらえた、自慢の一句だ。
「……季語が存在しないが?」
ぽつりと呟いた飯田橋の声を皮切りに、皆から感想がこぼれだす。
「おい、芭蕉さんが草葉の陰で泣くぞ?」
「意味は分かるが、風情が……」
そんな言葉にも、森下の心は折れなかった。皆の力になる、そうと決めたからには自分の意思を貫き通そうと、野球ファンの商店街のおじさんに教えてもらった言葉を口にする。
「俺たちのチームワークは最高だと思う。だからこそ、先輩たちに憧れるのは今日で終わりだ。俺も、憧れるのはやめようと思う!」
「……パクリか!」
思わず、という様子で青山一丁目が突っ込む。
彼も我慢できなかったのだろう。笑みをこらえながら、森下に言う。
「でも、その通りだな」
振り返ると、チームミラクルの面々は笑みを浮かべていた。
笑みが大笑いに変貌していく。森下も笑い声を上げた。
(こんな風に、自分がみんなの中に飛び込めるとは、思ってもみなかったな)
今回の野球を通じ、自分が一歩、可能性に向かって踏み出したことを改めて森下は実感していた。
青山一丁目に言われて、春日に手を引かれて。最初は勢いに身を任せていただけの自分が、今は皆を勇気づけようと行動している。
(……森下の街の魅力をもっとみんなに伝えていきたい。商店街のみんなや資料館の人たち、乗降してくださるお客様のために、何かできることを見つけたい!)
今、初めて、森下はそう強く感じていた。
―― 第3戦・東京ドーム
駅メンたちによる大江戸・ベースボール・キャンプは、ついに最終戦。
満員御礼の東京ドームでは、両チームの応援客でごった返していた。車掌の商魂が生み出した各チームの応援ソングも、すっかり観客に定着している。
「よっし! いくぞーっ!」
春日の掛け声に合わせて、チームOEDが声を上げる。春日の監督ぶりを認めるように、次々とハイタッチが交わされた。
「最後まで、諦めるな!」
青山一丁目の声に、円陣がぐっと縮まり、チームミラクルの絆が確かめられる。
鮮やかな青空が、夏の空が輝いている。
(……白球が 夏空高く 夢運ぶ)
今のは割と、良い句だった気がする。そんなことを考えながら、ベンチにて森下はにこりと笑みを浮かべたのだった。
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