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テキスト:六角 橙
第2話
OBCの説明終了後。各チームが集まり、練習スケジュールを立てていく。
そんな中。チームミラクルでの監督決めは、青山一丁目と六本木が一歩も譲らないという激戦の様相を呈していた。
「六本木、ここは俺に任せるべきじゃねぇか?」
自信満々に青山一丁目が言うが、六本木も譲らない。
「監督はチーム全体を支える立場だ。なら、僕だって譲れないよ」
「ほぉ?」
にらみ合う二人の間に代々木 学が入る。
「二人とも落ち着いてくれないか。どちらも監督には必要な素質はあるけど、練習期間を考えたら、縁の方が適任じゃないかな」
「……それは、そうだけど……」
言いよどむ六本木に、新宿 凛太郎が優しく声をかけた。
「青山一丁目なら、スワローズの本拠地、神宮球場もあるだろ? ほら、譲ってやれよ」
「……うん、分かったよ」
六本木からの、頼んだぞ、と言わんばかりの力強い視線に、自信たっぷりに青山一丁目が応える。
「なら、俺で決まりだな?」
青山一丁目が言うと六本木から拍手があがった。続けて皆からも拍手があがる。
こうして監督に決まった青山一丁目は、早速練習スケジュールを皆に説明しはじめた。説明後、彼は森下と代々木の前に立つ。
「森下、代々木さん。二人に、俺のサポートを頼みたいんだ」
代々木は驚く様子も見せずに、小さく肩をすくめる。
「やれやれ。そういうと思った」
対する森下は少しだけ驚いていた。
「俺は、スポーツが得意でもなければ、野球に興味があるわけでもないぞ?」
「さっき、車掌が言っていただろう。意外な一面を見つけたり、お互いの足りない部分を補いあったり……そんな中で、お前の新しい可能性が見つかると思うんだ」
本当にそうだろうか。森下は考えてみたが、青山一丁目が譲る気配はない。
「頼む、森下」
そう言われると断りにくい。結局、森下は監督のサポートを引き受けることになったのだった。
一方その頃。
チームOEDの春日 七葵の目には、闘志が燃えていた。
(東京ドームがある駅として、絶対に負けられねぇ……!)
彼はこのOBCの話を車掌から聞いた時から、並々ならぬ意欲を燃やしていた。
江戸時代。かの徳川三代将軍家光の乳母である春日局が住んでいたことから、春日と名が付いたとされるこの街。
8万坪の広さの水戸徳川藩邸の敷地に長い年月が経ち、完成したのが東京ドームだ。
野球ファンにとっては巨人軍が本拠地とする聖地。そんな街の名を背負う駅メンとしても負けられない。
「さて。監督をどうするか、だな」
都庁が声を上げる。大江戸線のリーダーである彼に、春日は強い憧れの念を持っている。彼に追いつきたい、そう思う日々が続いていた。
(でも、こんなビックチャンスが訪れるなんて! 大ベテランの先輩たちを全員自分が束ねられたら……)
春日の頭の中で、妄想がさく裂した。
*************************
「すごいぞ、春日監督のおかげでチームOEDが全戦全勝だー!」
皆の歓声が響く。普段は大江戸線メンバーも頭の上がらない五反田先輩が、にっこりと笑みを浮かべて春日を見ていた。
「流石だね! あーあ、これからはもしかして春日くんがお兄ちゃん?」
「そっ、そんなことないですよー」
謙遜して見せる春日の頭をぐりぐりと撫でるのは、国立競技場 走だ。
「おいおい。優勝の立役者だろ?」
先輩たちに褒められて照れまくりの春日の前に、都庁が現れる。
「春日。よくやった」
ふっ、と笑みを浮かべる都庁は、春日に手を差し出した。
「これからは仕事の面でも、ぜひ、俺を支えてくれ」
「都庁さん……もちろんです!」
*************************
これだ。春日は成功を確信する。自分の脳内だけの出来事ではあるが、これほどまでにはっきりとビジョンが描けたのだから、成功間違いなしだ。
「都庁さん!」
大声を上げた春日に、皆の視線が集まる。もちろん、都庁もだ。
「どうした?」
「俺に監督を任せてください! 必ずチームを勝利に導きます!」
おお、という表情を両国 逸巳が浮かべた。
「おいおい。リーダーは都庁殿だろう?」
「分かってる。でも俺、絶対にこの勝負、負けたくない!」
春日の凛とした声に、両国は少し面食らった後、楽し気な笑みを浮かべた。
「ほーぉ……いい心意気じゃねえか。ようし、俺は旦那の勝負に乗るぜ!」
右の手のひらに左拳をぶつけながら、両国が言う。両国が言うのなら、という様子で頷く駅メンもちらほら出はじめた。
だが。春日の真意は別にある。
(憧れの都庁さんに、絶対に、ぜったいに役に立ったと思ってほしいから……!)
半ば、いや、ほとんど私利私欲。
春日がじっと都庁の言葉を待つ。その視線を受け、都庁はゆっくりと口を開いた。
「……春日」
「はい!」
「そこまで言うなら、任せる。だが不安があればすぐに言え」
―― 不安? あるわけありませんよ!
満面の笑みでそう言い放ち、春日は監督に就任したのだった。
第1戦まであと3日。
春日は練習場に選んだ東京ドーム近隣の野球場で、呆然と立ち尽くしていた。
練習用のジャージに着替え終えたところだが、予定の半分もチームOEDのメンバーが集まっていない。練習時間になってもやって来たのは両国や都庁、豊島園さんや中野先輩くらいのもの。
「どうして……」
約束の時間を連絡したメッセージアプリ『RAIL』を確認する。
確かに、今日の午前10時から練習開始、というメッセージを春日が送った履歴が残っている。既読数もメンバー全員の人数だ。つまり、皆、このメッセージに目を通してはいる。
ところが、今見ると……。
国立競技場 ―― 忙しい! 悪い!
練馬―― 本番では大丈夫
光が丘―― また今度な
おまけに、練馬春日町 湊からは既読無視という状態。
(それだけじゃない。練習に来てくれたものの、車両点検がある五反田先輩や中野先輩、業務外の仕事に向かう豊島園先輩は、早めに切り上げるっていうし。試合前日の土曜日は休日だからもっと忙しくなるのに……!)
結論。もうすでに、練習時間のタイムリミットまであと1時間しかない。
野球にはチームワークが不可欠だ。だからこそ全体練習で息を合わせたいのに、練習時間がどうしても短くなってしまう。
これで当日は大丈夫なのか。
(ダメだ、監督が不安がったら、選手が困る!)
春日は意を決して振り返る。
「今のメンバーで練習を始めます!」
懸命になりすぎている彼は、都庁からの気遣うような眼差しに気づかずに、練習メニューの説明を始めたのだった。
―― 第1戦・幕張 スタジアム。
日曜日ということもあってか、満員のスタジアム。
両チームのチームカラーを身につけた観客が駅メンたちに歓声を送っている。チームOEDはピンク色、チームミラクルはブルーカラーだ。
車掌が考案した両チームの応援ソングがスタジアムに繰り返し流され、口ずさむ観客も増えつつある。
「ふふふ。チケットはもちろんソールドアウト! 新グッズもバンバン売れてます!」
車掌が試合前、両チームにホクホクとした声色で伝えてきた。
レクリエーション企画とはいえ、力の入れようは尋常ではないのが伝わってくる。活躍次第では駅の人気にも変化があるかも、と思うと気合を入れなおす駅メンたちだった。
ついに、試合が始まる。
『よろしくお願いします!』
整列した両陣営の挨拶を皮切りに、試合が始まった。
1回の表、チームOEDは練馬や光が丘の堅実なヒットによって着実に出塁。
そして、高まり続ける声援に応えるように、
「おらぁああっ!」
と咆哮をあげた両国が、バットを振りぬいた。
甲高い音とともに飛翔したボールは、観客たちの笑顔と歓声に後押しされてぐんぐんと伸びていく。
〈ホームラーーーーン!! チームOED! なーんと3点先取だー!〉
場内に響くのは、車掌の実況だ。器用に解説と実況をこなしている。
今の両国の特大ホームランにより、3点先制となったチームOEDはノリにノッていた。
さらに続いて塁に出た五反田に、国立競技場が、俊足を活かした盗塁を見事に決めていく。
あまりにも順調な展開に、春日は呆然としつつも安堵していた。
(はぁ……俺の心配なんて、先輩たちには取り越し苦労ってことかぁ……)
ベンチに座り込む彼の隣では、都庁が何かを考え込むように腕組みをしている。
「どうしたんですか、都庁さん?」
「……いや。点差が気になってな」
「ええっ。だって3点差ですよ?」
チームミラクルは、試合への緊張のせいなのかどうも連携が乱れている。
監督の青山一丁目が指示を飛ばしているが、今も麻布十番の守備のエラーがあり、追加点に繋がりそうな勢いだ。
「大丈夫ですよ! 先輩たちも元気いっぱいって感じですし」
春日は笑顔を向けたが、都庁の気は晴れない様子だ。
しばらくし、1回での大量得点により、チームOEDは6点。
対するチームミラクルは0点。
大差のまま、5回の表、チームOEDの攻撃が終了していた。
「……ん?」
春日はふと、五反田の動きに違和感を覚える。が、気づいたときには、もう遅かった。
「あっ……!」
五反田の足の間を、なんと球がすり抜けていく。
〈おおっと! これはまずいぞ!〉
そのまま、大門が勢いよく2塁に駆けこんだ。2ベースヒットだ。
「よっし! みんな、行くぞ!」
青山一丁目が声をかける。そこから、チームミラクルの快進撃が始まった。
ヒットが重なり、盗塁が決まり、ピッチャーの幕張は三振を奪い続ける。
「こっちも気合入れていきましょう! 先輩!」
春日が声をかけるが、チームOEDの守備は乱れるばかり。
辛うじて両国はボールに追いつけているが、大江戸線のレジェンドである12号線組のメンバーら先輩たちの動きは精彩を欠くばかり。
先ほどエラーを出した五反田は膝に手をついて肩で息をしているし、豊島園は額の汗をしきりに拭っていた。
野球はチームプレーの競技だ。チーム内で連携がうまくいかなければ、お互いに疲労を招くこともある。
「だから練習に来てほしいっていったのに……!!」
春日は頭を抱えた。野球を愛する身として、チームワークは絶対に必要だと理解しているからこその、嘆きだった。
「どうか落ち着いてください、春日さん……」
不満そうに口を尖らせる春日を月島がなだめる中。ベンチの吉祥寺がケロリとした顔で言い放つ。
「今回は負けちゃうかもね♪」
「吉祥寺先輩!!」
春日が爆発する中、あっ、と月島が声を上げる。
振り返った春日の目に映ったのは、六本木の激走だった。試合開始と同等のスピードを有していた。外野の国立競技場がボールを返すが、
(間に合わない……!)
と、春日は直感した。
ほぼ同時に土煙をあげ、六本木がホームベースにスライディングを決める。
審判の判断は―― セーフ。
〈逆転だーっ?〉
実況を務める車掌の声が会場に響く。チームミラクルを応援する観客たちの歓声が、会場を埋め尽くした。
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