テキスト:星宮えりな



★Story3 -牛込柳町-

 「誰かの仕業」だという六本木の言葉に、駅メンたちが騒ぎ出す。さらなる動揺が広がる。「誰が?」「何のために?」「目的は?」いろんなことが立て続けに起こりすぎて、皆が皆、混乱していた。思考も心も感情も。何を考えて何に怖がっていいのか。感情が迷子になっているような感じに見えた。そんな中、両国だけは違っていた。
「みんな、少し落ち着けって! まずは話を聞こうぜ」

 今回もまた不安や恐怖というもやを晴らすような芯のある声。数ある囁き声を吹き飛ばし、車内全体に両国の言葉が届いた。落ち着かなかった駅メンたちも少し平静を取り戻したようだ。さすが両国。俺の気持ちのもやもなくなっていた。

「ここから他の車両に移った方はいらっしゃらないですよね?」

 月島の問いかけに全員が頷く。そんな余裕はなかったし、なにより貫通扉を開けるような音もしなかったから。だったら――と皆が六本木を見る。六本木が『誰かの仕業だ』と言ったからだった。

「車内モニターと地下鉄のブレーキ。これは意図的に操作が出来るはずなんだ。ただし……それができるのは、限られた人物だけ」

 六本木が言い終わった途端。皆の視線が一斉に仮面の男に注がれた。

「そう。怪しいのは、あの男だけです」
「怪しいだなんて失礼な」

 月島の怪しい発言に車掌が微笑み喉で小さく笑った。
(その笑い方、怪しすぎる……)

 注目を受け、訝しげに見られている車掌。そんな視線に肩を竦めて応える。疑いなどなんのその、気にもとめていない様子で話し出す。

「はい、そうです。その操作を行ったのは、いかにも私です」

 車掌の流れるような自白に騒めき始める駅メンたち。月島に関しては、小さく息を吐いて「やっぱり」と言った表情を浮かべていた。
 確かに車内モニター用の映像は、予め別の映像を用意できる。そして地下鉄は、高い安全性で運転を自動化する列車運転システムATOを搭載している。だからたとえ運転席から離れていたとしても、逆算してブレーキ操作を仕込むことは不可能ではなかった。

(まあもちろん。実際にお客様を乗せる際は違うけどね。安全のため、運転士が必ず乗車する決まりになってるみたいだし)

「ついでにいうと。台本にこのカードを挟めることができたのも……車掌、貴方だけだよねえ?」

 自白しても不気味なくらいに自然と微笑んでいる車掌。彼を牛込神楽坂がさらに追い込んだ。それに同意するように「確かに、そうだな」と都庁さんが頷いた。
 俺は大量の台本を、たった一人で運んでいた車掌の姿を思い出した。

「ふふふ……バレてしまったようですね」
「考えればすぐわかることだよ」
「そうですか? 本当に?」

 不気味さが増す車掌の笑みと言葉。六本木も一瞬、問い詰められて怯んだように見えた。

「車掌の言うとおりだね」
「王子……?」

 まるで推理小説の探偵のように王子は、車両の真ん中に進み出た。

「車両やモニターの操作や台本を用意したのは車掌だと僕も思うよ。でもこの事件には、もう一人の実行犯がいると思うんだよね」
「実行犯?」
「うん。光ヶ丘さんは変に思わなかった? さっきの大きな音」

 首をかしげる光が丘。王子はスマホを手に、話を続けた。

「あの音は、スマートスピーカーに吹き込んでおいた音声を流しただけだろうね。ねえ、汐留くん。隣の車両に、それらしき物は置いてないかな?」
「え、あ……見てくるよ!」

 汐留が勢いよく隣の7号車に走っていく。しばらくしてから「あった!」と声が聞こえた。

「くっついてたから取れなかったけど、あったよ!」
 戻ってきた汐留が目をきらきらさせて王子に告げる

「私は車掌の近くにいました。ですが、怪しそうな動きは無かったように思います。ということは……」
「そう。月島さんの言うとおり。車掌はその時、なにもしてないんだよ。けど皆が台本を手に持っている時に、タイミングよくスマホに触れることができる人物が一人だけいるんだ。それがもう一人の実行犯ってわけ。で、それは――」

 王子が制服を翻し振り返る。そして指をさしたのは――

「お前だよな、和臣?」

 ――俺だった。

 駅メン全員が目を丸くして一斉に俺を見る。

「スマホを手にしていたのは、お前だけだ」
「…………」
「お前がもう一人の実行犯、だよな?」
「…………えぇっと」
「和臣?」
「……っ、ごめん! ほんっとーにごめん!」

 王子の真っ直ぐで揺らぎのない視線に耐えきれなかった俺。大きく息を吐いた後、盛大に平謝り。王子以外の駅メンたちは小さく声を出しつつ驚いたり困惑していた。まあそれもそのはず。俺も皆と同じように驚いたり怖がったりしていたから。というか、ほとんど知らないことだらけだったのだ。

「ごめん。大きな音を出して、ほんのちょっと驚かせるつもりだったんだ。音もタイミングを合図してもらって、その時にスマホで……。けど本当にそれだけで! 実は俺もおかしなメッセージ映像とかカードとか急停車までは、マジで知らなくて……」

 チラリと車掌を見る。すると長い指で顎を触り、首をひねっていた。

「ほんの味付け程度に加えたのですが……」

 そこまで怖かったですかとでもいいたいような口ぶり。近くにいた汐留が大きな目をつりあげさせて車掌を睨んだ。

「ほんのちょっぴりだけですよ」

 汐留以外の視線、いや殺気に気づいたのか少しだけ仮面の下の笑顔が焦っていた。きっと口には出さず黙っているけれど、どこがだよと全員が思ったに違いない。

「でも、なんでこんなことを? 若松河田さん」

 車掌のおかげか、車掌のせいか。よくわからない微妙な空気になっていた車内を六本木が転換する。
 質問された俺は、隠す必要もないので正直に答える。そう、決して悪戯したかったわけでもないし。悪気があったわけでもないから。

「オーディションで、皆の素の表情を撮りたかったんだ」

 理由をひとつ口にしたら、あとはそこに行き着いた考えを伝えるだけ。そう思ったら急に言葉があふれてくる。

「ドラマの最初のシーンで登場するメインキャラクターには、俺なりのイメージがあったんだ。ほら偉大な文豪だろ? 大胆な振る舞いや、冷静に物事を見る知的さが欲しかったんだよ。最初のインパクトで視聴者の心をぐぐぐ〜っと引き付けて、強烈な印象を与えてさ……!」
 身振り手振りを交えて勢いに任せて話した。わかっていたけども、皆からは白い目で見られている。興奮しすぎてしまったようだ。少し落ち着かなくては。

(深呼吸、深呼吸……)

 大きく息を吐いてから気持ちを新たに俺はまた続けた。

「――で、俺の考えとオーディションのことを車掌に相談したんだ。そしたら協力してくれるっていうから、お願いして……。でもまさかこんなことになるとは。俺も本当、すっげー驚いたし」
「君も騙されていたんだね……」

 六本木が憐れんだ目で俺を見る。

「この一連の流れを撮ったメイキングムービー公開も面白い企画かなと思いまして……」

 車掌の呟きに皆一斉に車掌を見る。そして直後、すぐさま車内を見渡しはじめる。

「あ! 隠しカメラ!」汐留が指さすところに円形の黒いカメラがあった。

「ああ、ここにもあるみたいだね」牛込神楽坂の頭上にもあったようで指で天井を指して微笑んでいる。

(いや、そんなの聞いてねーし……)

「バレましたか……」
「没収しますね」
「……!! はうっ……」

 月島がカメラを回収しに車内を回る。車掌は肩を落とす。その光景を見て小さく息を吐いた六本木。俺の肩に手を乗せて、俺と車掌を交互に見る。まだどこか釈然としないような困惑の表情をしていた。

「オーディションの仕掛けはわかったよ。でももうこんなことはしないでね」
「はい……」
「ええ……」

 しょげる俺と車掌に六本木は続ける。

「それで、キャスティングは決まったの?」
「……ああ! もちろん! 皆の反応が見られたから、それはバッチリだ!」

 それは抜かりない!
 色々あったけど、ここまでの皆の言動を見て俺はもうすでに決めていた。
 バッチリと言った俺に注目が集まる。俺はひとつ咳払いをするとキャストを発表した。

「大胆で余裕の表情をみせた両国は芥川龍之介役。最初に登場する文豪だ」
「俺か? おう、任せな!」

 人間社会の闇を描いた芥川龍之介の作品。本人は不安定な性格だったと言われている。けど作品は力強い作風が多い。俺はそう思ってる。なら転生したらきっと、両国のような大胆さを持っているはずだから。

「次に。持ち前の推理力を発揮した六本木は、江戸川乱歩役が合ってると思う。どうかな?」
「ありがとう。なんだか、恥ずかしいな……」

 小説家としてだけじゃなかった乱歩。プロデュースや評論家など、様々な能力を発揮していた。六本木には独自の感性がある。だから個性的な役を難なく演じてくれるはずだ。
 うんうんと頷き自分の考えに満足した俺が顔をあげると、六本木とばっちり目が合ってしまう。瞬間、微笑まれて――なんだろう、少し……いや結構恥ずかしい。独り言を聞かれた時のような、あんな感覚だった。
 俺はひとつ小さく咳払いをして場を、というか気持ちを切り替えた。そして次のキャストを発表する。

「次は泉鏡花役だ。この役は神秘的な雰囲気の牛込神楽坂にお願いしたい。ぴったりだと思う」
「私がかい? 嬉しいねえ」

 幻想文学や猟奇的な作風が特徴の鏡花。艶やかな牛込神楽坂は、存在感そのものが生まれ変わりのようだと皆が感じるはずだ。

「そして冷静な判断力で車掌を追い詰めた月島は、島ア藤村役だ」
「光栄ですね。よろしくお願いします」

 浪漫派を経て自然主義に転じた藤村。
 理想と現実、優しさと強さ。この二つの性質を兼ね備えている月島が理想的だと思う。

「そして最後。主役の夏目漱石役なんだけど」

 俺の言葉に車内が一瞬、緊張に包まれる。もったいぶるつもりはないけど。皆が期待してくれているのがわかって少し嬉しかった。

「やっぱり王子だな。見事な洞察力を見せたし、堂々とした雰囲気がぴったりだ。お願いできるか?」

 日本を代表する文豪であり知性と自信にあふれる漱石。そんな彼の姿を王子であれば、魅力的に表現してくれるに違いない。

「ああ、承知したよ」

 微笑み、快く受けてくれる王子。彼の返事に歓声が沸き、皆も拍手で王子を主役として受け入れてくれた。

 その後。車内はそれぞれで盛り上がっていた。「衣装は?」「撮影は?」「わくわくするね!」楽しんでくれてるようで俺もホッとしていた。そんな駅メンたちを横目に見て、俺は王子に声をかけた。ちょっと気になることがあったから。

「けどさ。よく俺だって、わかったね?」

(車掌の単独の行動だと考えてもおかしくない流れだったし……)

 確かに俺はスマホを手にしていたけれど。車掌だって出来てしまうことだと思う。例えばタイマーを使ったりすれば簡単だ。でも王子は車掌を疑いもせず、もう一人いると俺を挙げた。なんというか少し引っかかる。

「最初から気付いてたよ。素直な君は表情が顔に出やすいからね。大門さんとか、新御徒町さんとか、勘の良い駅たちの参加をやたらと気にしていたでしょ。それにスマホで撮影する時に、少し緊張していたみたいだしね」
(ああ、そういうことか。つまりは俺の挙動不審から疑ったと……)

 こいつは何でもお見通しなんだな。王子には何ひとつ適わない気がすると俺は小さく息を吐いた。そんな俺の隣で王子はスマホを手にすると。

「はーい、文豪さんたち! 記念撮影しよ!」

 王子の呼びかけに両国、六本木、月島、牛込神楽坂がこちらを向く。

「はい、ミラクル!」

 王子の合図に四人が笑顔を見せ、スマホからシャッター音が鳴る。四人は笑い合い、それぞれを役名で呼んだりして盛り上がっている。そんな四人を見て王子は小さく笑うと俺にいつものように笑顔を向ける。

「僕はタダ働きは嫌いだからね。ドラマではしっかり目立たたせてもらうよ」
「は、はい……」

 いつものようだったけど。いつもよりもどこか含みのある笑顔だった。

(いつもが白なら、いまのは黒というかグレーというか……)

 なんにせよ少し圧を感じて緊張が走る。さらに、これから始まる撮影のことを考えると緊張感が増した。プレッシャーで胃の底が、ほんの少しだけチクリと疼く。
 まあだけど――

(うん、楽しみだな!)

 大きな期待と本当に形に出来るんだという嬉しさで胸はいっぱいだった。俺と王子は自然と顔を見合わせる。
「頑張ろうな、王子」
「ああ、そうだね。和臣」

 笑い合い、盛り上がっている駅メンたちの輪に入る俺たち。
 いつのまにか大江戸線の車両は、ゆっくりと走り始めていた。




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