テキスト:星宮えりな



★Story2 -オーディション-

 1週間後――。
 現在、大江戸線の車内はオーディション会場と化していた。
 そう、俺が企画したあのドラマのオーディションだ。
(しかも新型車両……!)

『ミラクル☆トレイン』の内部は一般のお客様に見せることはない。だからなのか車掌のこだわりもあり『ミラ☆トレ』車内の内装は旧型の1次車のままとなっている。つまりは、ドラマに必要な肝心の車内モニターがついていないんだ。そう、だから今回のドラマ撮影では、実際に運行している新型車両12-600形を使用することになっている。そして今日はオーディションとロケも兼ねて、舞台となる最新車両を営業時間後に貸し切りにして貰っている。俺は一番後ろの8号車をオーディション会場に選んだ。

(ドラマのため特別に……!)

 だからか俺は今かなり興奮しているのである。

(まあそれに、ドラマのためにこんなにもたくさんの駅メンが集まってくれてるってことも嬉しいし)

『文豪・ミスティック★トレイン』。略して『ブン★ミス』のオーディション会場には、リーダーの都庁さんをはじめ、終点の光が丘さんまで本当にたくさんの駅メンたちが参加してくれている。まあひとつ残念なのは、人気駅である新宿さんにも参加して欲しかったことかな。
「子猫ちゃんとのデートが優先だよ」と断られてしまったのだ。新宿さんらしいといえばらしい。そう言われてしまうと「はい」としか言いようがないんだから。俺はひとつ息をはくと姿勢を正し、車内を見回した。するとちょうど隣の7号車から王子が入ってきた。目が合い、手を上げると彼も笑顔で応えてくれた。

「王子も来てくれたんだな!」
「まあね、楽しそうだし」
「なあ、新御徒町さんと大門さん、見かけたか?」

 俺の質問に王子はかぶりを振り、さらには車内を見回して苦笑した。王子にも探しきれなかったようだ。

「あの二人は毎日の仕事が忙しいだろうから、今日の参加は厳しいんじゃないかな」
「そっか。そうだよな」
 俺も視線を再び左右に流し、その結果に短く息を吐いた。
「代々木さん、本郷三丁目さんとか……ああ、飯田橋さんもいないんだな」

 あの人たちも忙しそうだから、来るかどうかわからなかった。でもそれでも来るかもと思っていたけど……。

「それで? どんなことをするんでい? 旦那」
「両国! 来てくれたんだ?」
「ったりまえだろ! こんな楽しい祭りに俺がいなきゃはじまらねぇ!」
「確かに!」

 両国の明るい通る声のせいだろう。それまでざわざわと各々会話していた駅メンたちが、俺たちに注目していた。

(うん、ちょうどいい頃だな)

 皆も待っているようだったので、俺は今回の作品説明を始めることにした。

「本日は集まってくれて、ありがとうございます! 企画を考えた若松河田です。今から作品や選考について話します」

 声を上げると皆が少しずつこちらへと身体を向け耳を傾けてくれた。皆の視線を感じ、いい感じに緊張感がうまれる。一度、わざとらしいくらいに深呼吸。そして俺は立っていた駅メンたちに座るようにお願いをした。もっと声が通るようにだ。両国くらい元から覇気のある声なら良かったんだけど。残念ながら俺はそこまでじゃない。説明を始めようと半歩踏み出すと、近くにいた王子と目が合う。「頑張って」と小声、いやほぼ口パクで応援してくれる。俺は王子に笑顔で応え、説明を続けた。

「今回は新型車両のモニターで放送する地下鉄初の連ドラとなります。詳細は事前に渡した資料を見てもらえると嬉しいです」

 言うと、一斉に皆が資料に視線を落とす。会場に入るときに一部ずつ取ってくれと置いていたものだ。俺が慌てて作った資料だが、作品のポイントを分かりやすく書いたつもりだ。そこからの説明は結構スムーズに進んだ。

 今回のドラマ『ブン★ミス』の第一話では、メインキャラクターとなる文豪が何人か転生する。メンバーは芥川龍之介、江戸川乱歩、泉鏡花、島崎藤村の四人ーーと、この作品の主役ともいえる存在、夏目漱石。漱石がストーリーテラーとして文豪たちを誘う、重要な水先案内人となってたりする。今回はこの五名のキャストを選考する。
 そこまで説明し終わると、すでにもうオーディション用に使うドラマの台本が運び込まれていた。いそいそと車掌が隣の車両から運んでいる。これで最後と言って、その山を都庁さんに渡し去っていった。何故ーーという言葉が聞こえてきそうな表情をしている都庁さん。けどさすが! 自ら駅メンたちに配ってくれている。全員に行き渡ったのを確認し、俺は選考についての説明を始めた。


「あと選考についてだけど。オーソドックスに好きな役の台詞を一人ずつ読んでもらいたいんだ」
「若松河田。質問だ」
「なに、都庁さん」
「車内モニターでは走行の邪魔にならないよう音声がでないはず。台詞を話す必要はあるのか?」
(……鋭いな。さすが都庁さんだ)
「確かにモニターの音声は字幕表示だけど、どれだけ感情を表情に出せるかがポイントなんだ。それを見るためにも……って感じかな」
「なるほど……。そういうものなんだな」

 良かった。なんとか納得してくれたようだ。でも相手は都庁さん、もう少し念押ししておこう。この選考はとても大事なのだから。

「ちなみに、台詞を収録した完全版を駅構内の売店で販売しようと思ってるんだ」

 そこまで伝えるとさすがの都庁さんも感嘆の声を漏らした。

「さすがだな。抜け目のない企画だ……」

 彼の言葉に続き、まわりの駅メンたちも頷いて賛成してくれている。

(あ、そうだ! 忘れちゃいけない大事なことがあった……!)

 ホッとした直後、思い出す。絶対にこれだけは俺自身も忘れてはいけないことだ。というかこれを忘れたら今日集まった意味がない。

「ごめん、最後に! オーディション中はテストムービーを撮影するからね」

 言い終わると、内心やや焦りつつスマホを取り出し、起動する。これで安心だ。小さく息を吐いて顔を上げると皆のそわそわしている表情が見えた。楽しみだという期待感が見てとれる。そんな彼らを前に、なんともいえない高揚感を覚える。きっと俺も皆と同じような表情をしてるはず。

「撮影されると緊張しちゃうね」
 そう言いつつも目をきらきらさせて興奮している汐留。

「ドキドキするね! 噛まずにいえるかな……」
 汐留の興奮に同調するように麻布十番が応えた。

 それぞれ台本を読みつつ、ああしようこうしようと話してくれている。その光景を見てさらに俺は胸が熱くなった。この企画を考えて本当に良かった――そう思った直後のことだ。

「おい、なんだあれは!」

 誰かが声を上げた。その声に皆、はじかれたようにある一点に注目した。俺はそこを見て声を上げる。

「車内モニターが……!」

 車内モニターが激しく点滅し、俺たちと車内を妙な光色で照らし始める。口々に皆が異変を呟く。表情を強ばらせ、身体も固まっていく。さっきまでは東京都交通局のCMが普段通りに流れていたというのに。今は恐ろしさも感じる点滅の後、突然、不気味な文字が浮かび上がっていた。

(こんなの……どうして……?)

 ――警告だ! この場所から去れ!――

 駅メンたち皆の表情が一変した。驚いて立ち上がり、怖がったり……。――と、同時に小さなカードが滑り落ちた。

「なんだ、これは。台本からなにかが落ちて……」

 都庁さんの声に皆が彼の足元を見た。直後「うわっ」「え?」「なにこれ!」と次々に声が上がる。都庁さんだけじゃなく、皆の足元にもカードがちらばっている。しかも続けて、いくつものカードが台本からするりするりと落ちてきていた。

「ねえ、これ……なにか文字が書いてあるよ」

 聞いたことがないくらい慎重な王子の声。同時にゆっくりとカードを手に取る。その静かな言動に、重く恐怖をも感じる沈黙が訪れた。俺はごくりと息を飲む。

 ――去れ! さもなければ災いが起こる――

 王子が読み上げた直後。

 ――ガーーーーーン!!

 耳をつんざくような大きな重い金属音が響き渡る。ただ音は一瞬。左から右へ音がそのまま通り抜けたような感じだった。その音と同時くらいに電車がゆっくりと速度を落としていく。

(電車が止まる……? どうして……)

何故いまここでと皆がそれぞれ顔を見合わせる。何が起こったのか。偶然なのか。何かの前触れか。何か知ってる者はいないのかと暗黙の内に視線で会話する。
 都庁さんはもう驚いて言葉もなく、ただただ何か知ってるだろう誰かを探していたり。汐留は身体を強ばらせて涙目になっていたり。不気味な現象に皆が答えを求めていた。

「…………」
「もう……撮影はいいだろ」
「え、あ、ああ……」

 言われてスマホをポケットにしまう。俺がじーっと皆を見て、スマホカメラを向けていたのが気になったのか。王子がそっと俺の手を制したのだ。

(よく見てるな……)

 王子を一瞥する。目が合うと、口元だけで小さく微笑みを返してくる。なんだろう、いつもの微笑みではなく。いまのはちょっと神秘的な微笑みに見えた。

「……災い。どういうことだ……?」

 混乱の後の沈黙を破ったのは都庁さんだった。少しずつ気持ちが落ち着き始めたのか、周りもそれぞれ話し始める。皆、驚きと恐怖の入り交じった会話を繰り広げていた。けどまさかの牛込神楽坂は口角をあげて――

「地下鉄の呪いってありそうじゃないかい?」

 と不敵に笑っていた。それって面白そうだよねと言葉にはしないけれど、言ったようなものだった。というか俺の頭の中には聞こえた。しかも続けて。

「地下鉄は、深い場所を掘って建設されてるよね? ほら、工事中に化石がいくつも発見されたこともあったでしょ。ひょっとすると地下深くに眠る何かが目覚めた……とかね。ふふ」

 静まりかえる車内。小さく微笑んだ牛込神楽坂の声だけが響く。この中でこの状況を面白がっているのはこいつだけだった。

(明らかに面白がってんな〜……)

 どういう思考してるんだろうとジっと牛込神楽坂を見る。俺の視線に気づいたのか、さらににっこりと微笑み手を振ってきた。全力で楽しんでいるようだ。

「呪いなんてあるわけないだろ……!」
 拳を振るわせて光が丘さんが叫ぶ。続くように両国が明るく豪快に笑った。
「まあ俺たち自体がおかしな存在だもんな!」
「それはそうだけど〜」汐留が呆れたようにため息。

 それぞれの考え、それぞれの感情がぶつかる。そんななか、月島が立ち上がる。すると場の雰囲気を変えるためか、手を数回叩いた。

「摩訶不思議な現象は多数存在します。ですが今回のこれは呪いではないと思いますよ。可能性は限りなく低いです」
「うん、月島さんの言うとおりだと思う」と、六本木が立ち上がり同意した。そして車内モニターを見つめて続ける。それはとても衝撃的で――俺は思わず声に出して驚いてしまった。

「だって、このアクシデントは簡単に仕組むことができるだろうからね。つまりは誰かの仕業だってこと」




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