テキスト:星宮えりな



「おい、なんだあれは!」
「車内モニターが……!」

 車内モニターが激しく点滅し、俺たちと車内を妙な光色で照らし始める。


(こんなの……どうして……?)

 ――警告だ! この場所から去れ!――

 ああ、どうしてこうなったのだろうか。何が起こっているのか!
 それは良い質問だ。
 この事件を語るには少し前、だいたい1週間前へと遡らないといけない。
 そこから話を聞いてほしい。


★Story1 -若松河田-

(はあ……やっぱり神様がいる場所っていうのは空気が違うよな)

 朝だからというのもあるかもしれないけど――なんてことを思いながら、俺は幼い頃からの顔見知りである二人と歩いていた。
 朝から参ってきたのは、二人のそれぞれの駅にあるお寺だ。しかも季節は冬。師走の12月。これから年始に向けて、たくさんのお客さんがお参りにやってくる。慌ただしくなる前に、今年1年の報告を兼ねて、近くのお寺を訪れていた。

(まあそれと……俺自身、お願いしたいこともあったしな)

 まず『善國寺』――
 七福神のひとりで、財宝の神・毘沙門天を祀る場所。そのお寺は『牛込神楽坂』にある。ちなみに今、その牛込神楽坂は俺の少し後ろを歩いている。

 次に『幸國寺』――
 加藤清正が創建したお寺。代々木さんとこの明治神宮にある、今でも強力なパワースポットとして有名な井戸を掘ったのも彼だ。それゆえに御利益があるに違いない。そんなお寺があるのは『牛込柳町』だ。こっちも何かしらともに行動している駅メン。俺の数歩前を楽しそうに歩いている。

 今日は善国寺へ参り、ここ幸國寺にも足を運んだ。もちろん顔見知りであり、それぞれのお寺に詳しい二人に案内してもらって。そして、お参りをして寺を出ようとした時だった。寒いのか白い息を手に吐きながら牛込柳町が振り返った。

「次はどこに行こうか。行きたいところある? 和臣」

 若松河田 和臣(わかまつかわだ かずおみ)。それが俺の名前。
 そして俺に華やかな笑顔を向けて声をかけた牛込柳町――名前は、牛込柳町 桜士(うしごめやなぎちょう おうじ)。

「このあたりで少し休憩するのもいいねえ。甘味でもどうかな? 桜士くん」

 俺の後ろから静かに歩いてきて甘味を希望する牛込神楽坂――名前は、牛込神楽坂 透吾(うしごめかぐらざか とうご)。和服を着こなし眉目秀麗という言葉が似合う艶やかな雰囲気をまとっている。
 先にあげた幼い頃からの顔見知りの二人というのが、彼らだ。
 俺たちの駅は仲良く並んでいる。

(まあだから昔からの知り合いなんだけど)

 江戸時代には同じ牛込村域にあって、かつてはこの地区にも路面電車が走っていた。けど牛込神楽坂は高貴で優雅な雰囲気が漂ってるし、牛込柳町は『王子』なんて呼ばれている。名前をもじっているとはいえ、王子のような容姿に立ち居振る舞い、服装。俺とは正反対だ。
 俺はどちらかというと地味めな性格だった。服も動きやすい無難なものが好きだし、なんというか華がないというか。良くも悪くも目立たない。いや笑顔が怖いとよく言われるから悪い意味では目立っているのかもしれない。どうも目が笑ってないらしい。
(自分ではわからないんだけど……)
 まあそんな俺だけど。俺の駅『若松河田駅』が出来る少し前は、大手TV局があったらしい。当たり前だけど、そんな賑やかだった頃の記憶は俺にはまったくない。残念だけど。

「――で、どうする? 和臣」
「うーん、そうだな」
「甘いものだったら、僕のおすすめのカフェへ案内したいな」

 にこっという音が聞こえてきそうな微笑み。きらきらな絵文字が語尾についてそうな言葉。こういう風に牛込柳町、いや王子に言われるとどうしても首を縦に振ってしまう。まあ負けたという言葉がふさわしいって感じだけど。

『――で、どうする?』
「……!」

 突然の牛込コンビのハモり。俺に一歩近づき笑顔でこの後の予定を追求する。一応、尋ねられてはいるが――これは答えがすでにこれだと決まっているパターンだ。というか、もはや二人からの『お誘い』だったりする。いつものことだけど、本当仲が良いな。
 俺は小さく息を吐くと、「いいよ、甘いもの食べに行こう」と二人の肩に手を置いた。

「ではおすすめカフェーで決まりかい? 幸國寺から近いのかな? 桜士」
「そう遠くないよ。ほら、透吾も和臣も、行くよ」
「ああ、ごめん!」

 歩き出してた二人を追いかけて幸國寺を出る。その直後だった。スマホが鳴り、駅メングループメッセに一斉メッセージが届いた。俺を含め、王子も牛込神楽坂も足を止め、メッセージを開く。送信者は都庁さんからだった。

 ――皆に業務連絡だ。
 ――12周年記念企画として募集したコンペだが……。
 ――今年は若松河田の案が採用されたそうだ。
 ――おめでとう、若松河田。
 ――宜しく頼むぞ!

(すごい……! 早速のご利益だ!)

 メッセージを読んだ瞬間、寺を振り返り礼をした。少し離れた善國寺の方角へも手を合わせた。それくらい嬉しくて心が躍っている。そう――俺個人の願い事とはまさにこれ! 企画コンペのことだった。俺は興奮によりぎこちない指を全力で動かし、すぐさま一斉メッセージへ返信をした。『任せてください!』と。
 駅メンたちは、お客様をおもてなしする様々なイベント企画案を定期的に出している。12周年を迎えた今年は予算も多く取れると聞いて、俺は大がかりな企画を提案してみたのだった。

「見たよ! 和臣! すごいね、今回の企画って、前に話してくれたあれでしょ?」
「そう! 壮大なプランの、あれだよ!」

 喜ぶ俺に同調し、祝ってくれる王子。牛込神楽坂も笑顔で「おめでとう」と喜んでくれている。続けて「壮大なのかい?」と首を少し倒す。

「ああ、大江戸線の新型車両についてる車内液晶モニターを使用した地下鉄初の連ドラ制作なんだ!」

 牛込神楽坂が感嘆の声を上げる。俺は続けて説明を続けた。詳細はこうだ。

 大江戸線の新型車両には車内液晶モニターがついている。それを使用して地下鉄だけで見られる、地下鉄発であり地下鉄初の連続ドラマを制作する企画。
 ドラマのタイトルは『文豪・ミスティック★トレイン』。
 タイトル通り文豪たちが出てくるお話で、転生ものだ。彼らが大江戸線に集結し、毎回お題にそった物語を即興で書き、その出来を競うという文芸バトルストーリー。

(しかも一話の中で大きなどんでん返しがあるスリリングな展開も用意している!)

 俺はこのドラマの監督と脚本を一挙に引き受けたいと思っている。

(というか俺の企画だし、俺がやらないで誰がやる?)
 ようやく俺の実力を発揮できそうな予感がしてきて気分がさらに高揚してきた。そんな俺に気づいたのか、牛込神楽坂に微笑まれてしまった。

「楽しみだねえ。出演者はもう決まっているのかい?」
「駅メンの中からオーディションで選ぼうと思ってるよ」
「へえ、オーディションなんだ?」

 王子の問いかけに頷き、放送後のことに思いを巡らせる。第一話の舞台はやはり俺のところ、若松河田駅を中心に周辺の街や歴史を紹介したいと考えている。実際には、どの駅からでもいいんだけど……。実はこれには大きな目論みがあったりする。よくいう『あれ』である。聖地巡り。ドラマが放送されると、そのロケ地に観光客が押し寄せるあの現象。この連ドラを機に、駅の利用者をどっと増やすというのが俺の密かな計画だったりする。

「ねえ、和臣。オーディション方法は決まってるの?」
「あー……いまのところはまだかな。でもそれについては、俺にアイデアがあるんだよなあ」
「……?」

 笑顔の王子に俺もにんまりとした笑顔を返す。俺の返答に王子は、質問したときの笑顔のまま首をかしげた。王子の仕草に思わずいつものように教えてしまいそうになったが、これを言ってしまってはオーディションにならないのだ。悪いな、王子。

(さあ、これからが忙しくなるぞ……!)




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