テキスト:関 涼子



「ミラクル……トレイン?」
 わたしはぽかんとして呟いた。
「そ、ミラクル☆トレイン。聞いたことない?」
 ふるふる首を振ると、きらきらの笑顔でイケメンさんが言った。えっと……六本木くん、だっけ?
「この電車は大江戸線とリンクして走っている。ただし、誰でも乗車できるわけじゃない」
「そ。可愛い女の子限定ってわけ」
 真面目な解説をするサラリーマ……じゃない、都庁さんの横で、モデルさんみたいな……ええと、新宿さんがウインクした。
 ああもう、いきなりいろんなひとが出てきて頭がこんがらがっちゃう。
 それに、
「みんなヘンな名前……」
 思わずポロリと漏らすと、三人が顔を見合わせた。
「変、か」
 ぽつんと都庁さんが呟いた。
「あ……ご、御免なさい! その、……」
 つい本音が出ました、と言いそうになって慌てて口を噤んだ。
 だって三人横一列になって、六本木に、新宿に、都庁って。
(ヘンだよ、絶対)
 そんな名字のひとが並んでるの、見たことないもん。
「そうかー。ひとりならともかく三人揃うと不自然に見える……かなあ。やっぱり」
 六本木くんが唸ると、新宿さんが頷く。
「でも、ま、しょうがないっしょ。駅だし?」
「うん、駅だし。……都庁さん? おーい、聞いてる都庁さん? だからね、あんまり気にしなくていいと思うよ?」
「いや。気にしている、わけでは」
「でもなんかちょっと目が遠いよ?」
「あの、あのっ、ごめんなさい。その──」
「あれえ、みんな何やってるの?」
 慌ててもう一度謝ろうとしたところで、別の声がした。
「よう、ご苦労さん。こっちこっち」
 新宿さんがわたしの後ろに向かって手を上げた。
 振りかえると、ちょっと背の小さな男の子が立っていた。
「ああ。ひょっとして新しいお客さまですか?」
 その後ろには、おっとり穏やかそうな男のひと。
「なんだなんだ、俺が目を放した隙に出入りかい?」
 それから、……なんだかちょっと不思議な言葉遣いのひと。
 また三人も知らないひとが隣の車輛らしきところから出てきた。
「あ、お客さんだー。こんにちはっ。僕、汐留です。汐留 行。よろしくね」
「月島です」
「おお、これはなんと美しい姫君。拙者、両国でござる。以後お見知りおきを!」
「……あれえ? どしたの? なんか反応薄いよ?」
 ひらひらと、男の子の手のひらがわたしの目の前を横切った。
「これ、どうしちゃったんだと思う? 月島さん」
「恐らく、お疲れなのでは?」
「なんと! 朝ラッシュくれぇで疲れてちゃ、日本の荒波は乗り切れないでござるよ?」
「電車で波には乗らないでしょ、サーフィンじゃあるまいし。ていうか、そのしゃべり方ウザい両国さん」
「最近の若い衆には味わいある和の情緒が伝わりにくいでござるな……」
「わかんなくていいし」
「いい加減にしろ、おまえたち」都庁さんが紋切り型で言った。「それより向こうの車輛はどうだった?」
「今日はどなたもいらっしゃいませんでしたよ。お嬢さんは逆の車輛にいらしたんですね。ようこそ」
 優しげな笑顔がふいとこっちを向いた。
 え、わ、わたし、……ですか?
 すっかり観戦モードに突入していたせいで、二の句が継げないでいると、
「向こうでぎゅーぎゅーになってたとこを僕が連れて来たんだ」
 六本木くんが嬉しそうに手を上げた。
「で、いまは僕たちの名前について話をしてたんだよ」
 男の子が口をへの字にして眉間にしわを寄せた。
「大江戸線?」
「いや、大江戸線の名前のことじゃなくて。僕が六本木で、新宿に都庁だろ? 彼女に自己紹介したら僕たちの名前がヘンだって言うから、まあ、駅だししょうがないよなって」
「それはひょっとして、まだミラクル☆トレインがどんなものなのか、彼女はご存じないということですか?」
 おっとりとした彼──月島さんが首を傾げた。
「説明はしたよ。ミラクル☆トレインが大江戸線とリンクしてるってのと、誰でも乗れるわけじゃないって話」
「ああ、なるほど。じゃあ、わたしたちが駅だって話はまだなんですね」
「そういや、説明らしいはまだしてないなー」新宿さんが言って、ちらりと六本木くんを見ていたずらっ子みたいに口端を上げた。「史ちゃんと俺がいちゃこらしてた雑談のついでに話がちょっと出たとこ、みたいな?」
「いちゃこらってなんですか、新宿さんっ!」
「だから、それはもうやめろと何度言えばおまえたちは……」
「あーもーうだうだなにやってんの!」
 男の子がぷうっと膨れた。
「それくらいズバっと説明しちゃいなよー。あのね。僕たち大江戸線の駅なんだ」
 男の子がぽんっと隣の座席に座った。
 ──えき。
「液……」
「それは汁とかでしょ」
「疫……」
「病気じゃないってば」
「亦……」
「そろそろ無理やり感が漂ってるけど」
 ええと、じゃあ、やっぱり。
「……駅?」
「ピンポン♪ 正解っ。それそれ。僕たちって存在は駅そのものなんだ。大江戸線の、駅の名前ってわかる?」
「全部は言えないかもしれないけど……毎日乗って、ます」
「あ、そうなんだ。ありがと」
 にっこり笑う。
「僕は汐留。シオサイトわかる? あの辺って元は国鉄貨物駅だったんだけどぐっと開発が進んで、いまじゃテレビ局とか、化粧品メーカーとかの企業ビルがいくつもあるの。劇場もあるよ」
「うん、行ったことある。お父さんが仕事で近くまで来てるってメールくれたから、待ち合わせしたよ。ホテルでお茶を飲んだけど、すごくお洒落で緊張した」
「でしょ? あの辺って密かにイタリア風の街並みを目指してるんだ」
「へえ……知らなかった」
「だから、僕の制服も実はエンポリオ仕立てってわけ」
「え、えんぽりお?」
「アルマーニのディフュージョンブランドだよ、エンポリオ・アルマーニ。ジョルジオ・アルマーニはコレクションライン扱いだから、クリエイティビリティーとしては上かもしれないけど、プライスと品質のバランスを考えたら断然エンポリオかな。普段使いできるし。アルマーニジャパンでもエンポリオの方がシェアは上だよ」
 ふふん、と汐留くんは胸を張って見せた。確かに、全員お揃いの制服かと思っていたけど、汐留くんの着ている制服はちょっと他のひととアレンジが違う。
(チェックのベストとリボンタイが似合ってておしゃれ……)
 じっと見つめていると目が合った。汐留くんはすまして笑って、肩をすくめた。
「僕としては、特に形も弄ってないのにさらっと着こなす月島さんが不思議なんだけどねー。なんだろ、ユニクロ着ててもセレブっぽいみたいな?」
「大げさですね。普通に着ているだけですよ」
 やんわり笑う月島さんは、汐留くんが言うとおりこれといった飾り気はなくて主張は少ないのに、なぜか目が素通りできないような、不思議な雰囲気のひとだった。
 改めてよく見ると、他のひとたちも制服のデザインが少しずつ違ってる。六本木くんもクロスしたリボンタイとベスト、ラフにシャツの袖をたくし上げて、男らしい伸びやかな腕がハッキリ見える。新宿さんはネクタイをほどいてシャツも着崩しているのに不思議とだらしなく見えずにかっこよくキマってるし、両国さんなんかタイすらないけど、気を遣っていないところがかえって男らしい気がしてくる。隣の都庁さんは正反対、とにかくカッチリと着込んでいて隙なんて見あたらない。シャツもブレザーもボタンは全部留めてビシっとしている。
「ね。他のみんなも、いかにも『らしい』でしょ」
「そうそ、都庁はお堅いし。俺はなんだろ。……洒脱?」
 新宿さんがウィンクすると、六本木くんが目をすがめた。
「そういうのって自分では言わないよ、普通は」
「大丈夫大丈夫。心配しなくても史ちゃんもかわいーぞ」
「可愛いとかいわないでよ! それに、新宿さんみたいにチャラチャラしてる人と張り合う気なんてないよ」
 六本木くんはそう言って、真っ向から新宿さんを睨みつけた。
「新宿さんはいらっしゃる方は多いですけど、どちらが洗練されているかは明白でしょう……」
「はいはいそーですねー。ヒルズおしゃれだねー。えっと、トレンド? うわーかっこいー」
「……バカにしないで下さい」
「おまえたちいい加減にしろ」
「そして都庁さんてばいついかなるときもオトナ−。惚れるね」
「自覚があるならおまえが自重しろ、新宿。何度も同じことを言わせるな。いちいち六本木をからかうな」
「んじゃ、言うこと聞くから凛って呼んで」
「やめろ、凜」
「うわぁ……いまさらっと言ったこのひと、さらっと。ねえいまの聞いた? なにこのかっこいいひと。ホレちゃわね?」
 あの……こっち向いて同意求めないでください。わたし、さっきから全力であなたたちの会話に置いていかれてます。そろそろ気づいて下さい。
(ダメ、いっぺんにいろいろありすぎて頭パンクしそう……)
 ラッシュアワーとは思えないガラガラの大江戸線車輛。
 わたしの周りを取り囲む個性的なイケメンさんたちはみんな……駅?
(夢を見てるのかも、わたし)
 ああ、そうかもしれない。
 電車に乗らなきゃ乗らなきゃと思っていて、混んでいる電車の中で次の駅がどこか気にしてばっかりいたから、おかしな夢を見ているのかも。
(なんだ、そっか……そうだよね)
 駅がイケメンなんて説明つかないし、きっとそうだ。これ、夢の中なんだ。
 だいたい、わたしが特別に選ばれて、イケメンまみれの素敵な電車に乗ってエスコートされるなんて図々しい話が簡単に起こるわけない。商店街の福引きだって、ティッシュばっかりもらってるわたしが。
(夢に見るくらいイケメンに囲まれたかったのかなあ……わたし)
 それもなんだかしょっぱい妄想のような気がするけど、まあ、夢なんだし、何を見たって自由だよね。誰かに見られるわけじゃないんだし、いっそ楽しんじゃった方がお得かもしれない。少なくともしんどい思いで満員電車に揺られているよりずっと気分がいい。
「えっと」
 言って立ちあがると、全員が一斉に振り返った。
「その、まだよくわかんないけど……よろしくお願いします」
 ぺこり、と頭を下げた。
「よろしく!」
 顔を上げると、みんなが口々にそう言ってくれた。
「改めて、ミラクル☆トレインへようこそ」
 六本木くんが優しくわたしの手を取って、握手してくれた。
 どうなるんだろう、この先。なにが起こるんだろう。
 自分の夢なのにどうなるのか全然分からなくて、楽しみで、ちょっと胸がわくわくした。
「史ちゃんさすが、ビシっと仕切るとかっこいいねえ」
「だから史ちゃんて言わないで下さい!!」
「えーじゃあ、ロッポンギクン? よそよそしいじゃん、俺と史ちゃんの仲なのに」
「どんな仲ですかっ」
 六本木くんと新宿さんは仲が悪そうだけど、実はちょっと仲良し……かも?
「……いちいちうるさくしてすまない。疲れたろう。座るといい」
 都庁さんは厳しそうな雰囲気だけど、案外気配りのひと。
「お腹空いてるんじゃないですか? 女性は朝の支度で忙しいかもしれませんけど、朝ご飯はちゃんと食べた方がいいんですよ」
 月島さんはかっこいいのに親しみやすくて、穏やかだし、一緒にいるとホッとできる。
「うぬ、腹が減っては戦はできん──おお、拙者急に腹が減ったでござる。これは月島殿の作るもんじゃが恋しい季節」
「朝からもんじゃとかどうなの? てか、両国さん超ウザい」
 でもって、面白い言葉遣いの両国くんとおしゃれな汐留くんは……ちょっとだけ馬が合わないみたい……。
 なんか人数多いけど、みんなひと癖もふた癖もあるひとたちだから、これならちょっとずつなら覚えられるかな……うん。
 ふと、わたしは窓の外を見た。
 駅の明かりはまだ見えない。
 そう──ミラクル☆トレインの旅は、まだ始まったばかり!


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