テキスト:関 涼子



 てなわけで、総選挙出馬を決めた翌日からハード自主トレ開始。
「ゼイ、ゼイ、ゼイ……うがっ!」
 床でへばってたら、いきなり踏まれた。
「なにすんだ、東中野っ!」
「鬱陶しいな。おまえ、なんでそんな虫の息なんだよ」
「アイドルっつったら、やっぱ体力だろ……ッ! 江古田の森公園でッ、ダッシュ十本ッ、やってきた……ッ!」
「えっ、それ、大変すぎない?」
 大変なことやんなきゃトレーニングになんないだろ! って、言いたいけど、く、苦しい……。
「バカだな。まだ、なんのパフォーマンスするかも決めてないのに」
「体力は全ての基本だろッ!」
「この体育会系」
「あ、そうだ。さっき車掌さんに言われて、くじ引きしてきたよ。僕らのパフォーマンス、一番最後だって」
「マジで!?」
 最初と最後って、緊張するよなあ。できれば真ん中辺がよかったんだけど。
「まあ、最初よりはマシなんじゃないか?」
「そう、だよな。優勝狙うなら、その日一番のインパクトがいるわけだし……最初だと微調整もきかないっつーか」
「優勝する気かよ」
「出るからには当然だろ!」
「意気込みはわかったから、せめて、なにやるか決めてから言え」
「あー……まあ、それもそうか。……けど、なにやったらいーんだ?」
 俺が頭を抱えて呻くと、中野坂上が「いろいろ考えてたんだけど」と前置きしてからにっこり笑った。
「歌を歌うのはどうかな? 印象に残りやすそうじゃない?」
「意外性はないけど……まあ、下手な受け狙いをやって滑るよりいいかもな。途中から聴いても問題ないし」
 珍しく、東中野もすんなり同意する。
「でも、なんの曲にするの?」
「『聖者が街にやってくる』なんて、どう?」
「ああ、そうか。それはいいな」
「でしょ」
 これまた中野坂上と東中野がマッハで意気投合した。
「え? その、なんで……?」
 首を捻ると、東中野の目許が「呆れた」と言わんばかりの形に歪んだ。
 な、なんだよ。そんな目でこっち見んな。
「昔、大江戸線のキャンペーンソングだったんだよ」
 中野坂上がすかさず助け船を出してくれた。
「大江戸線がやってくる〜♪ って、替え歌でCHAKAが歌ってたんだ」
「へえええ」
「大江戸線に関わりの深い審査員や観客も会場に来るだろうし、関連性のある曲は印象がいいはずだ」
「知らなかった。なるほどなー」
 おまえホントにものを知らないな、って視線が東中野から飛んできたけど、気にしない。
「じゃあ、今日から三人で歌のレッスンだね」
「ああ、そうしよう。営業時間のあと特訓だ」
「あっ、そうだ! いいこと思いついた!」
「どうしたの? 新江古田くん」
「せっかく三人なんだしさ、歌うだけじゃ芸ないし、バンド形式で演奏しないか?」
「バンド?」
「中野坂上、ピアノ得意じゃん? 
ピアノを中心にして、俺と東中野もなんか楽器鳴らしつつ、ダンスとか取り入れてさ。
そしたらぐんとパフォーマンスっぽくなるし、舞台でも映えるだろ?」
「それいいかもね。うん、楽しそう!」
 お、中野坂上。食いつきがいい。
「東中野は?」
「まあ、いいけど。それよりおまえ、獅子舞以外の踊り、踊れんの?」
「あのさあ……なんでオマエ、俺には意地悪なわけ? 中野坂上のときと態度違いすぎない?」
「人徳じゃないか?」
「まあ、まあ、ふたりとも」
 てな具合で話は進み、俺はトランペット、東中野はベースを担当することになった。
 それからは営業終了後にひたすら特訓、猛特訓の毎日。
楽器の練習に加えて、踊りの振り付け。
同時に極めるのはけっこうしんどかったけど、苦労の甲斐もあって、少しずついい感じに仕上がっていった。
 そして、本番をいよいよ明日に控えた日のこと。
「それはそうと、他のやつらはどんなパフォーマンスを準備してるんだろうな」
 東中野がぼそっと呟いた。
「あ、それ、確かに気になるね」
「……中身かぶってたらやだしなー」
 思わず、三人で顔を見合わせ――遅ればせながら偵察へ向かうことにした。

 まずは、一人目。
「え、僕? 特になにもしてないよ」
 六本木……オマエ、なにその余裕。笑顔が眩しすぎんだろ。
「つーか、やっぱオーラちげえ……」
 女子でもないのに、ドキがムネムネしそうになる破壊力。
中野坂上と東中野もうんうん、と頷いた。
「キラキラしてるよね」
「駅もあちこちキラキラしてるしな……」
「格の違いってやつか……さすが環状線のアイドル駅だけのことはある」
「アイドル?」
 きょとんとして小首を傾げる姿がまた、あざとい。
「うわぁ、なんだこの無自覚ピュア……」
 こんなんに勝てるのかよ、という視線が光の速度で俺ら三人の間を飛び交う。
「た、束になってかかればなんとかなんだろ……たぶん」
「そうだよね。なんたって、僕らは三人なんだし」
「というか、最初からそこに賭けるしかないって結論出てんだろ。いまさらビビるなよ」
「だ、だよな!」
 俺ら、共通の強敵を目の前にして、いつになくココロがひとつになってる。
 ――次。都庁。
「総選挙は一大イベントだからな。
大勢のお客様の前で恥をかくわけにはいかないので、もちろん毎日練習はしている」
 このひと、相変わらずの真顔である。
「だが、通常業務も疎かにはできないからな」
 真顔のまま、俺たちには目もくれず、駅にあるモニュメントの「光の輪」をせっせと磨いている。駅メンの鑑か。
「えっと……ようするに六本木くんはアイドルで、都庁さんはエリートってことで、あってる?」
「あってるあってる」
「おい、見ろ」
東中野が小声で言って、俺の脇を肘で小突いた。
「あの、ポケット」
 見ると、都庁のポケットがパンパンに膨らんでいた。
「あれってまさか……のど飴か!!」
「ああ、間違いない」
「あの様子だと、かなり歌の練習をしてるみたいだね」
「さすがエリート……いつもと変わんねー顔してるけど、手抜かりはないっつーことか」
「要注意だな」
 やだなあ……俺ら、こんなヤツ相手に戦わなきゃなんないのかよ。
 ――ええい。本格的に落ち込む前に、次。
「準備? もちろんしてますよ」
 この、大物感漂う穏やかな笑顔は、月島。
さっきの教訓からすかさずポケットをチェックするが、のど飴らしきものは見当たらない。
 だが、相手は環状部アイドル、油断は禁物だ。
 さあ、どう出る?
「プレゼンで作るオリジナルもんじゃを開発中です!」
「……ああ、うん。そっかあ」
「うまそう、だな」
「イイネ!」
 えっと……月島はほっといても大丈夫かな?
 ――そんな感じのアイコンタクトで、次。
「えー。僕なんかじゃ上位はとても無理だよー」
 ホントにむりむり! って俺たちに笑いかけてから、汐留はくるりと改札に向き直った。
「えっと、みんなはピザが食べたいんだったよね? 美味しい店なら僕に任せといて!」
 とたん、女子の群れから、悲鳴が上がった。
キャー! って思いっきりカタカナ、色は黄色。
「じゃあ僕行くね。またねーっ!」
 民族大移動、約束の地はピザ屋。
天真爛漫な笑顔を振りまきながら、汐留は去って行った。
「汐留くん、相変わらずすごい人気だねえ」
「これは……パフォーマンスはよくわかんねーけど、かなり票が集まりそうだ」
「ああ、要注意だな」
 ――ビビるものの手の打ちようがない。
はい、次。
「明日は最高の晴れ舞台だよな! もちろん、バッチリ決めるぜ!」
 いままで会った駅メンの中で、最もポジティブなやる気に包まれてるこの男は、両国。
「なんだ、どうした。三人とも元気ないな! そんなことじゃ、ベストを尽くせないんじゃねーのか」
 そう言って、俺の背中をドーンと叩く。
「はは……えっと、忙しいとこごめんな」
「いいって、気にするな、旦那!」
 両国は俺たちに笑いかけ――一枚のDVDを差し出した。
「なんなら、一緒に見てくか? 明日に備えてまずは心頭滅却! 時代劇ビデオでイメージトレーニングだ!」
「えっと……いや、大丈夫」
 これは、両国もほっといて大丈夫そうかな? うん。
「……ところで、両国。新宿は?」
「ん? ああ。兄弟達に連れられて、どこかに行ったみたいだぜ」
「え、ホントに?」
 テレビ画面に釘付けのまま、両国が頷いた。
意識はすでに半分以上時代劇の世界へ行っちゃってるけど、間違いはなさそうだ。
「ってことは……新宿は試合放棄か? よっしゃ!」
「バカ、乗降者数ナンバーワンの駅だぞ。気を抜くな」
「いてッ! なんだよ、東中野。ぶつなよ」
「人聞きの悪い。喝を入れたって言え」
「両国と新宿、月島が戦力外なら、グッと気分が楽になるよね!」
「待てオマエ、声大きいよ!」
 そんなこんなで前日の偵察が済み。
 夜には俺たちも最後の練習を終えて――とうとう、決戦の日がやってきた。


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