テキスト:関 涼子



 女の子がひとり、改札をくぐってやってきた。
 ちょっと心細そうな表情。
頼りない足取りで、他のひとの歩みに流されながら通路へと押し出される。
「新江古田駅へようこそ!」
 俺は明るい声で言って、笑った。
 だけど、彼女は驚いて目を大きく見開いたあと、さっきよりもっと困った顔をした。
 ひょっとして……と思った俺の予感は、的中。
 彼女はすごく申し訳なさそうに、ちいさな声でこう続けた。
「あの、私……江古田駅に行きたいんです」
 俺はにっこりと彼女に微笑みかけ、手を差し出した。
「俺に手伝えること、ありますか?」

 ――ところ変わって、ここ、ミラクル☆トレイン車内。
「ちぇ……」
 ぶーたれる俺である。
(俺んとこ来たんじゃなくて、間違いとか)
 そりゃ当然、内心はおもしろくない。
 彼女は悪くないから、言わないけどさ! 笑顔でエスコートしたけどさ!
「そんな毎回落ち込まないの、新江古田くん」
「だってさあ……やっぱ、ちょっとさみしーじゃん」
 中野坂上が笑って、軽く頭を撫でてくれた。
「でも、ちゃんと笑顔でご案内したんでしょ?」
「そりゃ、あったりまえだよ! 俺ンとこ来たひとは、みんないい気分でいてほしいもん」
「ん。新江古田くんはいつもえらいね」
 でもって、ほめてくれる。中野坂上はいーヤツだ。
「仕方ねーじゃん。おまえってマイナーな駅だし」
 俺がせっかくいい気分になったところに、容赦ない声が飛んできた。
「オマエには言われたくないけどなっ、東中野っ!」
 カチンときたから力いっぱい言い返したら、
「お互い様なのは否定しない」
 って、あっという間に、素直に認めやがった。
 くっそ……もうちょっと抵抗しろよ! プライドとかないのかよっ!
「バカだな。根拠のないプライドはプライドと言わずに、虚栄心というんだ」
「オマエ、エスパーか!?」
「新江古田くん、いま、声に出てたよ」
「えっ、マジで!?」
 慌てて口をふさいだけど、我ながら、いまさらすぎる。
「でも、まあ、しょうがないよ。江古田さんは有名な駅だから」
 そうなのだ。
 俺の兄貴、江古田は知名度抜群の駅。
有名な学校も多いし、テレビやアニメの舞台にもなっている。
乗客数だって俺よりも多い。……ほんのちょっとだけな。
「けどさ、俺だってもうちょっとがんばりたいじゃん」
「目立ちたいの間違いじゃないのか」
「悪いかよっ!」
 脊髄反射で言い返すと、東中野はちょっとだけ不機嫌そうな顔になった。
「ニュアンスを指摘しただけで、悪いとは言っていない」
 ああ、うん、そうだよなあ。
ホンネ言えば、オマエだってもっと目立ちたいよなあ。
知ってる。
「名前が似すぎてんのも問題なんだよなー……。
兄貴んとこまで歩いて十分はかかるのに、すっげー近くにあると思われてんの」
「毎回きちんと案内してあげる新江古田くんはえらいなって思うけど、確かにちょっとさみしいね」
「だろ? もうちょっと俺んとこにも遊びに来てくんないかなあ」
「わかる。僕のとこも、利用者の伸びはいまひとつなんだよね」
「そうは言っても、つまるところ利用者の拡大は、立地や、周辺施設による影響が大きいんだから仕方ない」
「わかってるって、そんなの。けど、簡単に諦めるんじゃ悔しいだろ」
 はぁ、って思わずでっかいため息をついたら、偶然、三重奏になった。
 ここまで、毎度お決まりのパターンだ。
「どうすればメジャー駅になれるのか」ってテーマで緊急ミーティングをやってたはずが、
気づくと反省会っていうか、よくがんばったで賞みたいな会になってる。
「なんかいい方法ないかなぁ……」
 ぼやきつつ座席から立ち上がって、車両をぶらぶら歩いた。
(悔しいけど、東中野の言う通り、俺たちが具体的にどうするとか……むずかしいんだよなあ)
 せめて第一印象で勝負しようと、日々笑顔でがんばってるわけだけど。
(あまりに成果なさすぎて、さすがに折れそう)
 ドアの脇に寄っかかって、ぼうっと吊り広告を眺めた。
 色とりどりの写真、あふれる大小の文字、大盤振る舞いの笑顔、踊るキャッチコピー。
「……あれ?」
 なにかいま、目の端に引っかかった。
 視線が素通りしたとこに、気になるものがあった……ような、気がする。
「なんだ?」
 慌てて、さっきともう一度同じ順番でポスターを眺めた。
今度は念入りに、ひとつずつ、読み飛ばさずに確かめていき――見つけた。
「第一回OED総選挙開催!?」
 思わず、デカイ声が転げ出た。
 俺の声に中野坂上と東中野が振り返り、何事かと集まってくる。
「貴女も駅に投票しませんか……?」
「なに? これ」
「や、俺もいま気づいたんだけど」
 三人で、思わず顔を見合わせたときだった。
「――目指せ、明日のアイドル!」
 突然、車両に高らかな声が響いた。
「車掌!」
 颯爽と現れたのは、ミラクル☆トレインの車掌だった。
っていうか、神出鬼没なのはいつものことだけど……いつから見てたんだ、このひと。
「優勝者は今後一年間、大江戸線の顔として活躍していただきます!」
「大江戸線の……顔?」
 いぶかしげな東中野に、車掌は大きくうなずく。
「はい、なにしろ駅メンの総選挙ですからね。いわばアイドルです。
投票権は、今度発売になるボイスCDにもれなく封入されます」
「……どっかで聞いたよーなやり方ですね」
 中野坂上がわりと容赦ないことを言ったけど、車掌は全然気にする様子もなく続けた。
「各駅のパフォーマンスを見た後で、モバイル投票をする仕組みです。即日集計され、リアルタイムで発表されます」
「くだらないわりに手がこんでるな……」
 ピリッとした東中野のセリフに俺も同意しかけた、そのとき。
「そうか……これだっ!」
 俺の頭の中を閃きが駆け抜けて、思わず叫んだ。
「俺たち、これに応募すればいいんだよ!」
「えええええ!?」
「だってそしたら、目立てるかも!」
「おまえ、バカか」
 ふたりの声が、俺の熱いテンションをバッサリ切って捨てようとする。
 だけど、俺はめげずに続けた。
「俺たちみたいなマイナー駅をみんなに知ってもらうチャンスじゃん!」
「バカだな、落ち着いてよく考えろ。環状部の人気駅たちに、俺たちが敵うわけないだろ」
「うーん……環状部はもともと、トップアイドルみたいな駅ばっかりだもんね」
 都庁前と新宿を除く環状部、六本木や両国たち二十六駅は、公募で駅デザインを決定している。
個性的な大江戸線の中でも、特に人目を惹く派手なデザインが多いのはそのせいだ。
要するに、生まれながらにして選ばれたアイドル駅なのである。
 いっぽう、都庁前や新宿は駅の中でも群を抜く知名度と、高い乗降率を誇る。
また都庁から光が丘までの放射部のうち、練馬〜光が丘区間は、12号線時代から走っているだけあって、根強いファンが多い。
俺も、隣の練馬センパイには頭があがんない。
「そんなの、俺だってわかってるって! けど、大丈夫! 今回はイケる!」
「根性とか情熱とか、そういうのやめろよ」
「違うって! ひとりじゃ敵わないなら、力を合わせればいーんだよ!」
「どういうこと……?」
 中野坂上が不思議そうに首を傾げる。
「あのさ、車掌。グループ応募を受け付けてくれない?」
「おまえ、なにを言ってるんだ」
 呆れた声で言う東中野に、
「だから、グループだよ! 俺たち三人!」
「三人……?」 
「応募規定、見ろよ。ほら、ここ。人数のことは明記されてないだろ?」
 募集要項をもう一度にらんでみたけど、間違いない。どこにも書いてない。
「あ、忘れてた……」
 車掌がぼやくのが聞こえた。
「書いてないってことは、ダメじゃないってことだよな」
「まあ、そうなりますね。いいでしょう。グループ参加を認めます」
「よし!」
 俺はガッツポーズで続けた。
「俺たち三人でグループ応募すれば、きっと意表をつける!」
 三人寄れば文殊の知恵!
 昔のエライひとは、いいコト言う!
「バカ。それ、意味が違うぞ」
 また東中野が俺をエスパーしたけど、気にしない。
「中野坂上のビジュアルに、東中野のマニアックな頭脳、そして俺が持つ時の運さえあればきっとイケる!」
「ビジュアルはともかく、なんだよ、マニアックって。だいたい、自分で運いいとか言っちゃうヤツって……」
「あいつら環状部を見返してやろうぜ!」
 俺は口うるさい東中野と、驚いてぽかんとしている中野坂上の肩をグッと引き寄せて、言った。
「なんたって俺ら三人は、中野区の仲間じゃん!」
 我ながら、イイまとめだ。
(俺たちのパワーをひとつに!)
 すると、しばらく沈黙したあと、東中野が首を傾げた。
「……おまえって練馬区じゃなかったっけ?」
「中野区だよっ!」
 だいなしだ。



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