テキスト:関 涼子


 貸し切りの都内某ホール。
 駅メンの応援に来てくれたひとたちが、シリアルナンバーの入った投票権を握りしめて、わんさか集まっている。
 いっぽう、俺たち駅メンはパフォーマンスを終えて、結果待ち。
どいつもみんな、緊張した顔をしてる。
 今日この日のために、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ……ヤベ、俺もだ。めちゃくちゃ緊張してる。
「――さあ、いよいよ二位と一位を残すのみとなりました!」
 固唾を飲んで待ち構えたけど、十位から三位までに俺たちの名前は出てこなかった。
だから、もしかしたら、もしかして……もしかするかも!
 つか、圏外だったらどうしよう!
「第二位!」
 口の中はカラカラ。なのに思わず、唾を呑みくだすように喉が動く。
「六本木史さんです!」
 手を挙げて進み出る六本木の笑顔に、どっと歓声が沸いた。
いや、ひょっとしたら、どよめきのほうが多かったかもしれない。
 六本木が、二位。
 俺たち三人は思わず、お互いに顔を見合わせた。
 一位かと思っていた六本木が……二位?
 てことは、もしかして。
 俺たち……とうとう!
「そして、第一位は……このグループです!」
「うぉおおおおおお――!!!!」
 とんでもない音量の雄叫びに、俺は驚いて飛び上がった。
「おぉおおおおおおお……お?」
 俺だった。
 この声、俺。俺。
 間違いない。天高く腕を振り上げてガッツポーズの、俺である。
 そして、背中にはシーツの感触。
「ゆ、夢かよ……」
 どっと体から力が抜けて、そのまま、ベッドで大の字になった。
「なんだよもう……期待させんなバカ」
 あービックリした、心臓破裂するかと思った。緊張していつまでも寝付けなかったから変な夢見たんだな、きっと……。
 どっと疲れて、大きくため息をついた。
 そのとき、俺は、気づいてしまった。
 ほんの僅か揺れた視線の先。
 目の端へちらりと映った、時計の文字盤が……なんつーか、ものすごく、ありえねー時間を指してることに。
「あ――――――ッ!!!!」
 文字通り、飛び起きた。
慌てて携帯をひっつかむと、画面が着信履歴とメッセージで埋め尽くされてる。
「ウソだろ、まさか……ち、遅刻!?」
 正確な運行時間をモットーとする日本の鉄道にあるまじき、大失態だ。
「遅刻とか……それ、出場停止だっつの!」
 優勝するどころの話じゃない。
 半分走りながら制服のズボンに足を突っ込み、ジャージを引っかけた。
 大丈夫……まだ、なんとかなる!
「走って、駅でミラクル☆トレインに飛び乗れば……!」
 幸い、パフォーマンスは最後だ。出番にはギリギリ間に合う。
 やっぱ体力作りしといてよかったじゃん! とか、東中野に聞かれたら確実に蔑まれることを考えつつ、俺的マッハで走って駅へ向かう。
 つーかこれ、一生ネチネチ言われそうなんですけど……。
辛いリアクションを臨場感たっぷりに妄想しながら俺、やや涙目。
 けど、自虐的に気を紛らわせているうちに、改札が見えてきた。
 よし、イケる! ポケットのnorucaを、タッチして――。
「しんえごた……?」
 俺は思わず足を止めた。
 見慣れない女の子が、改札前にいた。きょろきょろと周りを見回してる。
「ここ、江古田駅じゃないの……?」
 か細い声、不安そうに揺れる瞳。
 えっと……これって、いつものアレだよな。うん。
 改札の向こう、すぐのとこに時計が見えた。
このまま走って電車に飛び乗れば、まだ間に合う。
総選挙に出て、アイドル駅になって、目立てる可能性が残ってる。
うまく行けば、いろんなひとが新江古田へ遊びに来てくれるかも。兄貴のとこじゃなくて、ここ、新江古田駅に。
 来てよかった、また遊びに来ようって笑うお客さんたちが目に浮かんだ。
いまはまだ、ただの夢だ。だけど、夢はいま手を伸ばせば掴めそうな場所にある。
 もし、この光景が現実になったとしたら?
(そのとき俺は、こう言うって決めてる)
 来てくれたひとたち、みんなに。
「新江古田へようこそ、お嬢さん!」
 いつもと同じように。めいっぱいの笑顔で。
「俺に手伝えること、ありますか?」

「……それで遅れたってわけかよ」
 この世の終わりみたいな仏頂面で、東中野がのたまった。
「ほんっとーにゴメン!!」
 頭のてっぺんで手を合わせて、俺は会場控え室の床に這いつくばった。
 まあ、そりゃ、怒るよな……当然。めちゃくちゃ練習がんばったもんな。
「で、江古田駅まで見送ったの?」
「ん。その子、受験生だったんだ」
 送ってくから任せといてって言ったときの、あの、嬉しそうな顔。
いまもハッキリ思い出せる。つーか、一生忘れないかもしれないなって思う。それくらい、いい笑顔だった。
「試験に間に合ったって、すげー喜んでた」
「そっか、よかった」
 ホッとした声で中野坂上が言った。
そしたら、いつの間にか隣の東中野まで笑ってて、あ、やっぱ俺間違ってなかったって思ってよけいに嬉しくなる。
 そーだよな。俺ら、駅メンだもん。
立ち寄ってくれた子が笑顔でありがとうって言ってくれたら、そんなの、一番嬉しいに決まってる。
 あの子を残して会場へ来ていたら、俺、たぶん後悔してた。よかったんだ、これで。
「けど、せっかく有名になれるチャンスだったのに……ホントごめんな」
「ううん、気にしないでいいよ。僕たちの知名度は低いわけじゃないし」
 うっ! 中野坂上、笑顔でキツイこと言いやがって……くそっ! 
ハイハイ知名度が低いっつっていつもウジウジしてんのは俺ですよーだ!
「それに、たとえ参加できてたとしても、たぶん今回優勝は無理だったしな」
「無理って、なんで?」
 東中野が、控え室のモニターを指さした。
 わあっ! と歓声が上がる。
ちょうど、一位が発表になったところだった。
「あれは……新宿と、吹と、一と零二? あ、代々木まで! まさか、五人グループ!?」
「あいつらも同じこと考えてたらしい」
 東中野が肩をすくめた。
 コメントを聞いていると、どうやら新宿御一行は、新宿のブランドショップに協力してもらい、一のプロデュースで、『SHINJUKUコレクション』なるものをパフォーマンスしたらしい。
「えっと……それって要するに、着飾ったあいつらがランウェイを歩いただけ?」
「そういうことだ」
 うわ! それでこの歓声かよ!
「会場、すごく盛り上がってるね。やっぱりさすが人気駅だなあ」
 中野坂上の言うとおり、モニターを通していても、熱気が伝わってくる。
連中も嬉しそうだな。代々木が若干怒り気味な気もするけど。
「三人じゃ、とうてい敵わなかっただろうな」
「……まーな、人数は確実にふたりぶん負けだな」
「なんだその負け惜しみ」
「うっせーな。いいんだよ」
 モニターに映るキラキラした五人を見ながら、ふつふつと対抗心を燃やす。
いつかあそこへ行くんだって思いながら、今日もらった笑顔だって忘れずに。
 だって俺、欲張りだからさ。やっぱどっちも諦めんの、やだし。
「よーし、もっとがんばらなきゃな! ってわけで、次の手を考えよーぜ!」
「まだやる気かよ……」
「俺たち三人が力を合わせれば必ずできる! いつか、みんなをあっと言わせてやろうぜ!」
「ふふ、そうだよね」
「ったく、しょうがないな」
 中野坂上と東中野が口々に言って、それから。
「同じ中野区の仲間だし」
 まったくおんなじことを、言った。

 ――と、ここで終わってたらホント、すげーイイ話だったんだけどさー。
 最後に、ちょっとだけ残念なオチ。
「いやあ、美しい……!」
 いつも忘れたころに現れるこのひと、車掌。
「力を合わせ、切磋琢磨していく姿……実に美しい! そして、今回のCD売上げも上々です!」
「オイ、そこ。揉み手すんのヤメロ」
「守銭奴か」
「僕らの友情って、仕組まれた経済だったんだね……」
「これは第二回総選挙も近いですよ、皆さん! さあ、次回の栄光を掴むのは――きみたちだ!」
 こうして、ぐふ、ぐふふふふ、という不気味なバックミュージックと共に、
第一回OED総選挙は幕を閉じたのだった。



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