テキスト:関 涼子


――新月の、宵。
 辺りは暗く、ろうそくの明かりがひとつだけ灯っている。もちろん、辺りの闇をぬぐうほどの力はない。
炎に頭を寄せ合うように集まる六人の影が、ほの暗く浮かび上がり、ときおり微かに揺らめく。
 ここは、ミラクル☆トレイン。
 最後尾、8号車である。
「……これは、いくつかある伝承の中でも特に有名な話なんだが」
 静かに口火を切ったのは、両国 逸巳だ。
「大手町、皇居の近く。オフィスビルがいくつも並んでる中心地に、ぽつんと、手がつけられていない場所があるのを知ってるか?」
 五人のうちの誰か、あるいは全員が、無言で首を横に振った。
「大して広い敷地じゃないんだけどな。ビルの狭間に、いまも鬱蒼とした木が茂ってる。――そこは『将門の首塚』」
 かたり、と車両が微かに跳ねる。
 その昔、乱であえなく討死した平将門の首は平安京へ運ばれ、東の市、都大路でさらし首になった。しかし三日目に空へ舞い上がり、地上数カ所に落ちたとする伝承がある。日本各地に首塚伝承が残っており、その中でもっとも有名なものが、東京千代田区大手町の『平将門の首塚』だ。
「塚そのものは1923年の9月1日、関東大震災で壊れたんだ。で、跡地に当時の大蔵省が仮庁舎を建てたんだけど……立て続けにひとが死んだらしい」
 工事関係者や職員十数名、さらには当時大蔵大臣に就任したばかりの早速整爾氏が相次いで急死した。省内の動揺を抑えるため仮庁舎は取り壊しとなり、鎮魂碑が建立された。
「第二次世界大戦後にも、GHQが区画整理のために首塚を壊そうとした。ところが再び、不審な事故が相次ぎ……!」
 両国はそう言って、ふいと口を噤んだ。舌で唇を湿したようだった。ぽかんと出来た沈黙に、レールの立てる微かな音が車両へ響く。
「そして、首塚は戦後も残ることになった。近隣の企業が『史蹟将門塚保存会』を設立して、大切に祀っている。そして、いまでも首塚には花が絶えないという……」
 さもおどろおどろしく言ってから、両国は震えるような声音で、
「いやあ、怖いですねえ……怖いですねえ」
 などと締めの言葉を口にして。
 ろうそくの火を、そっと吹き消した。
 辺りに残されたのは、闇。そして、走行する車両が立てる微かな音。
 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえたような気がした。
「じゃ、いくぞ。いち……」
 両国が促すように数を数えた。ひとつ語るごとに明かりを消していき、最後に数をかぞえるとひとり増えてしまうという。増えたひとりは幽霊らしい。
「に……」
 肘で小突かれ、隣に座る六本木 史が呟く。
「さん……」
 続いて、都庁 前。
「し……」
「ご……」
 新宿 凛太郎、そして月島 十六夜。
「ろ、ろく……」
 最後に、汐留 行。
 駅メンは、全員で六人だ。思わず息を詰め、耳をそばだてる。そして闇の中、聞こえてくるのは――
「なな」
 ぽつりと、声。
 とたん、拳より大きな光の珠が暗がりに浮かび上がる。
「ぎゃああああああーーーーーーーーッ!!!!!!!」
 突然の怪異に、駅メンたちは思わず抱き合って絶叫した。
 しかし、暗がりに揺らめく影からは、聞き慣れた声がした。
「何をしているんですか、君たち」
 車掌が、懐中電灯を顎の下から照らしつつ現れた。


 汐留が大きく息をついて、シートに体を投げ出した。
「あービックリした……車掌さん、やめてよ。驚くでしょ!」
「少々空気を読んでみたつもりだったのですが」
 車掌がいつもどおり涼しげに言い、両国は眉を顰めた。
「読み過ぎだろ、まったく。ホントに幽霊が出たかと思ったぜ、旦那」
「話をしていると、寄ってくると言うしな」
 都庁が神妙な面持ちで呟く。「怖い怖い」と新宿が肩をすくめてみせた。
「いま、みんなでお客様感謝デー企画を考えていたんです」
 と、マイペースな調子で車掌に説明を始めたのは月島だ。
 大江戸線を多くのひとに利用してもらうため、駅メンたちは事あるごとに新しい企画を出し合う。アイディアのある駅が提案して、いくつかの案から一番いいものを選ぶ決まりだ。
「そうそう。でさ、俺、今回ミステリーツアーを企画したいんだ」
 両国が手を上げる。
「怪談の舞台になった場所や開運パワースポットを電車で訪れるツアーを考えて、特別編成のダイヤを組むっての。面白そうだろ? ンで、今は将門の首塚伝説を、雰囲気たっぷりに話してたってわけ」
「なるほど。そういうことでしたか。夏に向けたいい企画かもしれませんね」
「だろー?」
 車掌の頷く姿に、両国は満足そうだ。
「でもさ。座って話をしてるだけじゃ、納涼百物語のお座敷列車だよ」
 汐留が言いさす。
「僕、せっかくだから皆でロケに行きたいな」
 すると、両国が待ってましたとばかりに、にっと笑う。
「そう言うと思って、強力な助っ人を呼んでるんだぜ」
「助っ人?」
 全員が首を傾げると、両国は「おーい、入って来ていいぞ」と前方車両に声を放る。
 連結部の扉がカチリと音を立て、奥からひとりの青年が現れた。
「門前仲町さん!」
 汐留が驚いた顔で、ぴょこりと座席から立ち上がった。
「お久しぶりです、みなさん」
 おっとりと言って、深々と頭を下げる――彼は駅ナンバリングE-15の駅メン、門前仲町 一伍だ。
「なんだ。来てたのか、門前仲町」
「はい、新宿さんもお久しぶりです。ご挨拶が遅れてどうもすみません」
 恥ずかしそうに頭をかいて、門前仲町がはにかむ。人好きのする笑顔の上に、ちょこんと眼鏡が乗っているのが印象的だ。
「まあ、座ってくれ。両国に無理を言われたんだろう」
 都庁がシートへ促すと、門前仲町はまたひとつ、ちいさく笑った。
「いえ。両国さんにお誘いいただいてとても嬉しかったです。みなさんにもお目にかかりたかったし、僕が役に立つならなんでも仰ってください」
「立つ立つ! 怪談って言えば深川が有名だろ。確か、四谷怪談にも登場するよな? そういうの、門前仲町はすっごい詳しいからもっと詳しく聞きてえな」
 両国が身を乗り出して言うと、月島が静かに頷いた。
「門前仲町さんが案内をしてくださるなら、奥の深いツアーになりそうです」
「うん、それなら面白そーかも。ねえ、車掌さん。行って来てもいい?」
 汐留の声に、駅メン全員の視線が車掌へ集中する。
「仕方がありませんね」
 やれやれ、と肩をすくめてから、車掌が頷いた。
「わかりました。門前仲町くんに協力してもらって、ロケハンをして来てください」
 やった、と駅メンたちは揃って声を上げた。まずはどこへ向かおう、などとはしゃいでいると、
「ただし」
 車掌が重々しく言って遮り、そのあとニッコリ笑った。
「そこまでする以上は、お客様をたくさんお呼びできる人気企画にしてくださいね。命令ですよ」
「は、はい……」
 思わず、全員が息を呑んで背筋を伸ばす。相変わらず、車掌は笑っている顔が怖い。
「あの、ところで少々お願いしたいことが」
 門前仲町さんがちいさく手を上げた。
「ロケに、とくがわさんをお連れしてもいいでしょうか?」
 駅メンたちが振り返ると、いつの間にか門前仲町の足許に、とくがわがちんまりと座っていた。
「先ほどお待ちしているときに、とくがわさんとお話をしていたのですが」
「ワン」
 とくがわが、門前仲町に相づちを打つように、ひと声上げた。
 深川、というロケーションの影響か、門前仲町はもともと霊にとても敏感で、勘が鋭い。そして、とくがわが考えていることが何となくわかるという、珍しい特技の持ち主なのだ。
「とくがわさんが『みんなが行くなら僕も一緒に行きたいワン』……と、仰っている気がするんです」
 門前仲町さんはそう言って、優しくとくがわの頭を撫でる。
「ワン!」
 とくがわが応えるようにまたひとつ、吼えた。
(そんなふうに言ってねーけどな……)
 という、とくがわのココロの呟きは門前仲町に届かなかったようだが。
 ともかく、全員で出かけることになった。


「さて、まずはどこへ向かいましょうか」
 門前仲町が眼鏡のブリッジへ指を当てて、考え込む仕草をした。
「都内は、ミステリーツアーにいい場所が結構たくさんあるんですよ」
「悩んじゃうくらいたくさんあるの?」
 六本木が訊ねると、門前仲町が頷く。
「アクセスのいい名所なら、巣鴨プリズンでしょうか。池袋サンシャイン60の隣、東池袋中央公園の中に慰霊碑があります」
「スガモプリズン?」
「いまの東京拘置所の前身にあたる、巣鴨拘置所のことです。戦時中はGHQに接収されていたとか。サンシャインシティは、拘置所跡地の再開発によって建てられたんですよ。その際、処刑場周辺に公園と慰霊碑を作ったんです」
「へえー! 知らなかった。ただのきれいな公園だと思ってた」
 汐留が驚いた声を上げる。
「街歩きより散策がよければ、深川の七福神めぐりも楽しいですよ。ゆっくり歩いても二時間ぐらいですし」
 七福神、と月島が呟く。
「確か七福神って、色々なところにありますよね? 日本橋や山手にも」
「はい。全国に多くの七福神があります。そのなかでも深川七福神は、東京の七福神として有名なんです。周辺には他にも史跡や旧跡がありますし、沿道には美味しいお食事処もあって下町情緒が味わえます」
「美味い飯かあ! いいじゃん。俺、深川めし食いてえな」
「おい両国、ミステリーツアーと離れていないか」
 乗り気な両国を都庁が窘めると、門前仲町がくすくすと笑う。
「でしたら、両国さんのご近所にある回向院はいかがです? 元は振袖火事と呼ばれる明暦の大火の死者を弔った万人塚ですが、生あるものすべてを供養するという理念からいろんなお墓があります」
「おっ、地元なら俺に任しとけ。鼠小僧の墓もあるんだぜ!」
「さすが、よくご存じですね」
「てやんでえ、あたぼうよ! 長年捕まらなかった運にあやかろうってんで、年明けは受験生がたくさん来るんだぜ。墓の前にある『お前立ち』の石を削って、お守りに持つ風習があるんだ」
「ええ。それから、ご本尊の背面にある千体地蔵尊も有名です」
 六本木が首を傾げる。
「背面……後ろ側が有名なの?」
「金色に輝く千体地蔵尊が、ご本尊の後ろにズラーッと並んでいるんです。あの眺めはとにかく圧巻ですよ」
 すると、新宿がやれやれ、と肩をすくめた。
「なんだかおどろおどろしいなあ。もうちょいライトなやつはないのか?」
「ライト、ですか。そうですね……でしたら、パワースポットにしましょうか。代々木の明治神宮にある、清政の井戸とか」
「あっ、僕それ前にテレビで見たよ!」汐留が手を上げた。「井戸を携帯の待ち受けにすると幸運が訪れるんだって」
「他にも、飯田橋の東京大神宮は縁結びで有名ですね。日本最初の神前結婚式が行われた神社として、女性にとても人気です。神楽坂の善国寺も、ドラマのロケ地になったことをきっかけに、女性の参拝客が多いとか」
「へえ、それはいいな」
 浮き立つ新宿の声に、都庁の咳払いが飛ぶ。
「門前仲町の言うとおり、これでは候補が多すぎて埒があかないな」
 考え込む一同に、ややあってから六本木が提案した。
「だったら、まずは門前仲町さんの街に行ってみない? なんたって地元だから一番詳しいだろうし」



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