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君に逢いたかったよ。
僕は牛込神楽坂透吾。今日は、僕の街を案内してあげようね。

名前の「牛込」は、旧区名なんだけど、昔、この地を一望できる高台に「牛込城」があったらしくて、その名残だと言われてるんだ。
さらに旧い時代には、このあたり一帯に牧場があって、とてものどかな景色が広がっていたそうだよ。
今ではとても想像することができないけどね。

僕の駅のホームにある床や柱は、大地をイメージした黄土色が使われているんだ。
鶯色(うぐいすいろ)のラインが柱のアクセントになっていて、駅とは思えないほど個性的なデザインなんだよ。
僕は、ぬくもりのあるこの色あいがとても好きでね……
ああ、この着物と帯もそう。この色合わせが一番の気に入りなんだよ。

エスカレーターから続く高い壁は、地層をイメージしていて、地上に近付くほどに、淡い色あいになっていく。
天井から灯りが射しこんで、寒い日だって、ほら、なんだか春のようなぬくもりを感じやしないかい。

神楽坂にはね、その名の通り、多くの坂があることでも有名なんだ。
駅の目の前にも、ほら、早速坂があるだろう。
ここは、「袖摺坂(そですりざか)」。
坂の両幅がとても狭くて、すれ違う時に、お互いの袖を摺り合わせるほどだから、その名が付いたと言われている。
ああ、狭くてとても急な坂だから気をつけて。
ほら、お手をどうぞ。
……可愛い人だね。もっとこっちへお寄り。

この街は、江戸城の外濠を埋めるように、大名や旗本の住む武家屋敷として整備されたんだ。
町に住んでいた武士の役職に絡んだ名前も、あちこちに残されていて、僕がいる「箪笥町(たんすまち)」とか、「納戸町(なんどまち)」、「細工町(さいくまち)」なんて、変わった名前の多くがそうなんだよ。
そんな昔の町名を残している場所は、東京ではもう珍しくなってしまったけれどね。

明治以降は、武家屋敷は無くなっていったけれど、商人の街へと代わり、花街としても栄えていったんだ。
数は減ってしまったけれども、今でも現役の花街で、花柳界の伝統は、この街にしっかりと受け継がれている。

都会とは思えないくらい趣のある街だろう?
あちこちに石畳の小路が残っているのも美しいねえ。
旧い時代に戻ったような風景が残る一方で、東京日仏学院のまわりは、まるで西洋のような景色が広がるんだ。
新と旧、和と洋が入り混じった、独特の雰囲気があるんだよね。

一度訪れると、僕の街の虜になる人も多いよ。
君にも、もっと僕のことを好きになってもらいたいね。

ああ、この街のことを話していると、時間があっという間に過ぎてしまう。

……ほら、向こうに、鮮やかな朱色の門が見えてきただろう。
徳川家康が建てた「善国寺」だよ。今から400年以上も前に建てられた寺院なんだ。
最初は馬喰町さんのところにあったんだけれども、幾度か火災に見舞われて、寛政5年に、この神楽坂に引っ越して来たんだ。

善国寺は、縁日の発祥地とも言われていて、一時は、「山の手銀座」なんて呼ばれるほど賑わっていたんだ。
今でも、夏まつりには、「ほおずき市」や、たくさんの夜店が並んで大盛況なんだよ。
君にも見せてあげたいねえ。

ここに祀ってある毘沙門天が寅年生まれだから、狛犬ならぬ狛虎がいるってわけさ。
迫力のある佇まいなんだけれど、丸みを帯びた体が、なんとも愛おしく感じないかい?

ここは、神楽坂の丁度真ん中にあたるんだけど、さて、次はどこに行こうかな……。

……ああ、なんだか冷えると思っていたら、ほら、雪が降ってきたようだよ。
寒くはないかい。
僕のコートの中で暖めてあげようか。
ふふ、恥ずかしいの?
じゃあ、このまま君の手を強く握って、暖めてあげる。

冬の空は、すぐに日が落ちてしまうね。
あたりがすっかり暗くなってきたようだ。

この先に、雰囲気のいい料亭(みせ)があるんだ。
暖かいところで、二人でゆっくりしようか。

もうしばらく、ここにいてくれるかい。

 

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